【1984年の革命】ブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の真実  今からちょうど40年前にリリースされた名盤「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」

コラム連載【1984年の革命】vol.8ブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の真実

伝統を重んじるブルース・スプリングスティーンの音楽性

ロイ・オービソンがロックの殿堂入りを果たした際、プレゼンター役をつとめたブルース・スプリングスティーンは “僕は「明日なき暴走」で、ボブ・ディランのような歌詞を書き、フィル・スペクターのようなサウンドを作り、何よりもロイ・オービソンのように歌おうと努力したんだ” とグッとくるスピーチを残した。

このスピーチからも分かるとおり、スプリングスティーンはロックンロールの伝統を継承するアーティストであり、言い換えれば、古き良きポップミュージックの技術や手法を組み合わせることに長けているアーティストだ。また、歌詞の内容もアメリカに住む市井の労働者の悲喜こもごもを歌っており、メッセージ性という点においても伝統的なシンガーソングライターの系譜を継承している。

このように、スプリングスティーンの音楽はオーセンティックな音楽であり、革新性を感じる要素は少ないのだが、彼の活動から革命の匂いを感じるのは私だけではないはずだ。本稿ではそんなブルース・スプリングスティーンから感じる革命家としての源泉を探ってみようと思う。

80年代的な派手なサウンドデザインを施した「ボーン・イン・ザ・USA」

1984年、スプリングスティーンは7枚目のオリジナルアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』をリリースした。シンセサイザーの大胆な導入や、ボブ・クリアマウンテンのミックスによる抜けの良いドラムの音が華々しく鳴り、いわゆる80年代的な派手なサウンドデザインが施されている。

それまでのスプリングスティーンは、Eストリート・バンドのガッツある演奏をバックに自身が激しく歌う音作りが安定の既定路線。しかし、『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』においては、あえて80年代的な派手でビッグなサウンドを導入した。その結果、84週連続トップ10入りするという、音楽史に残る未曽有のヒットアルバムとなり、スプリングスティーンはスタジアムを満員にする世紀のスーパースターへと登り詰めたのだ。

アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』は、産業としてどんどん巨大化するロックに対応しながら、空前のセールスを叩き出した。80年代、本作が全世界で巻き起こしたセンセーションは紛れもなく革命であり、それは大成功したと言えるだろう。しかし、その成功こそがスプリングスティーンにとって苦悩の始まりでもあったのだ。

「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」は革命と苦悩の始まりだった

本作は、スプリングスティーンに大きな誤算を残した。それは、表題曲「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」の歌詞が彼の真意とかけ離れたアメリカ讃歌として捉えられてしまったことだ。圧倒的なセールスにより爆発的に膨れ上がったリスナーの中には、彼のアーティスト性やそれまで彼が語ってきたストーリーの本質を理解していない人間もたくさんいたのだ。

そこから、スプリングスティーンの苦悩が始まる。1987年にリリースされたアルバム『トンネル・オブ・ラブ』以降、90年代を通じて発表された作品は、どれも内省的なもので苦難の時代が続くことになる。併せて、オルタナティブロックやヒップホップがチャートを席巻したこの頃、どの作品もヒットはしたものの、当時の音楽シーンとの相性は芳しくなく、『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』の頃のようなセンセーショナルな華やかさは影を潜めてしまう。

しかし、内省的なメッセージを歌うことで、ロックのヒリヒリした側面を追求した『トンネル・オブ・ラブ』以降の歩みは、スプリングスティーンにとってセラピーとして必要な試みであり、同時にメッセージシンガーとしての自分を俯瞰して見つめ直すために必要な時間でもあったのだろう。

スプリングスティーンのキャリアそのものが大きな革命

アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』は、空前のセールスや表題曲の歌詞にまつわる部分で革命と語られることが多い。しかし同時に、ブルース・スプリングスティーンというアーティストの “苦悩との闘い” が始まった作品でもある。そう考えると、メジャーシーンのど真ん中で、長きにわたり苦悩と闘い続けたスプリングスティーンのキャリアそのものが真の “革命” と言えるだろう。

その革命の本質は、絶対に自分に嘘をつかない、自らの表現欲求をとことん追求する。そして、その表現は決して独りよがりなものにはならない。こうした姿勢こそ、ファンから絶対的な信頼を得ている所以と言えるだろう。その証拠に、私たちは今もなお彼を “ボス” と呼び続けているではないか。

スプリングスティーンは、2002年にリリースされたアルバム『ザ・ライジング』から本来のロックンロール気質が復活。一度解散してしまったEストリート・バンドを再結集させ、再びロックンロールが持つ楽しさとシンガーソングライターとしての苦みの両方の魅力を備えた作品を立て続けにリリースしている。

カタリベ: 岡田ヒロシ

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