杏、日本とフランスの二拠点生活の先に見据える自身のキャリア 「これからが本当の試練」

『生きてるだけで、愛。』の関根光才監督の長編第2作目『かくしごと』は、絵本作家の主人公・千紗子と認知症の父・孝蔵、そして事故で記憶を失ってしまった少年の姿を通して、“家族とはなにか”を問いかけるヒューマンミステリーだ。千紗子役で主演を務めたのは、映画やドラマ、モデルなど幅広く活躍する杏。虐待された少年と出会い、母親だと“嘘”をつく千紗子を演じてどのようなことを感じたのか。現在フランスで暮らす杏に話を聞いた。

■20代の頃だったら難しかった千紗子役

ーー杏さんが本作について「今の自分だったらできるかもしれない、と思い、役に挑みました」とコメントされていたのが印象的でした。

杏:やっぱり20代の頃だったら難しかったと思います。それはもちろん自分自身の技術もそうですし、人生経験的にも言えることで。年々ニュースを目にするたびに感情移入するようになってきたというか、昔はニュースを見てそこまでダメージを受けることがなかったと思うんですよね。それは実際に世の中で起きていることに対してもそうなんですけど……。自分が出ていない映画やドラマを観ていても涙腺が緩んでしまったり、歳を重ねるにつれて感情がどんどん豊かになっているなと自分自身で感じていて。『かくしごと』は、そういうタイミングで「やってみたい」と思える作品でした。

ーー10年前とかにオファーが来ていたらできなかった?

杏:たぶん10年前だったらこういう役のオファー自体が来ていなかったと思います。脚本自体はすごく面白いので、オファーがあったらやってみたいと思ったかもしれませんが、実際に演じるまでのステップが10年前だったら難しかったと思います。

ーーご自身が母親になったというところも大きかったのでしょうか?

杏:大きかったと思います。千紗子の感情的な部分がよく理解できたので。でもどちらかと言うと、人生経験を重ねたからこそ、という部分のほうが大きかったかもしれません。辛い目に遭っている子どもや動物、何かに巻き込まれてしまった弱き存在に対して、どう寄り添えるか。私自身も目の前に拓未(中須翔真)のような男の子が現れたら、千紗子と同じ行動をしてしまうと思います。

ーー法とは何か、正義とは何か、ということを考えさせられますよね。

杏:いまから100年遡っただけで、常識も倫理も変わってくるんですよね。千紗子が取った行動は、時代や国が違ったら賞賛されるものだったかもしれないですし。この社会と自分自身の感情に乖離するものがあるというのは、千紗子を通じていろいろ考えることがありました。

ーー千紗子の役作りには相当難しいものがあったのではないでしょうか。

杏:難しいのに加えて、とても体力が必要でした。泣くシーンが多かったのですが、泣くのってすごく疲れるんですよね。2日に1回は涙を出さなければいけない撮影だったので、そういう意味では結構ぐったりしていたと思います。みなさんもそうなんですけど、よく倒れなかったなと(笑)。本当に暑い中での撮影で、山に行ったり川に行ったりと体力面でのハードルもたくさんあったので。

■「いつか国際的な作品にもぜひ出演してみたい」

ーー千紗子と拓未という関係に加えて、千紗子と父・孝蔵(奥田瑛二)の関係も並行して描かれていますが、そこには高齢化社会や介護など、現代の日本が抱えている社会問題も反映されています。

杏:映画の中でも描かれているように、認定が下りなかったり、下りるとしてもものすごく時間がかかったり、いろんな問題が日本にはありますよね。今はたまたま、私や私の周りの人は直面していませんが、他人事ではないと感じます。虚しさや悔しさも含めて、いろんな感情が押し寄せてくる映画だと思います。

ーー杏さんが現在暮らしているフランスと比較するとどうですか?

杏:もちろんフランスにも同じような問題がたくさんあって。習慣や制度は国によって違いますが、やっぱりどこの国でもまだまだ難しいのかなと思います。ただ、日本での出来事のほうが、馴染みがある分、悔しい思いをしたり、やるせない気持ちにはなることが多いです。

ーーフランスでの生活はどうですか? 映画文化も豊かですが……。

杏:フランスでも日本映画が定期的に上映されているんです。この前はちょうど妻夫木聡さんの『ある男』が上映されていました。『鬼滅の刃』もやっていましたね。これは映画に限らずですけど、フランスには、日本という国に対するリスペクトや親しみが思っていた以上にあるなと感じます。それこそ『かくしごと』がいつかフランスで上映できると嬉しいですね。どういう反応になるのかとても気になります。

ーー杏さんのキャリアで言うと、2023年は『劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~』『キングダム 運命の炎』『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』と大作への出演が続いていました。今後は日本とフランスの二拠点生活をしながらどういうキャリアを歩んでいこうと考えていますか?

杏:去年の出演作品の公開ラッシュは本当にたまたまで。移住前に撮影したものが一気に公開されていったので、これからが本当の試練という感じなんですよね。フランスに住みながらどうやってお芝居をしていくかは私自身の大きなテーマで。でもきっと、いろんな出会いがあるのではないかと期待しています。子どもの成長具合だったり家庭の環境も鑑みながら、いつか国際的な作品にもぜひ出演してみたいなと思います。

ーー家庭と仕事を両立させる上で、大事にしていることやポリシーがあれば教えてください。

杏:最近は1人で抱え込まずに、人に頼ることを意識するようになりました。あとは無理なときは無理せずに、はっきり「無理」と言うことですね。自分1人で抱え込むことによって、結果的に他の人に迷惑をかけてしまったら本末転倒なので、そうならないためにも、周りの助けを借りながら、自分の気持ちを優先させることを大事にしています。

(取材・文=宮川翔)

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