キックオフ直前。両方の手のひらを合わせてこすったり、その手を赤と白のジャージィでぬぐったりしていた。普段なら見られぬしぐさに、心中をにじませた。
20歳の矢崎由高が、ラグビー日本代表としてのデビュー戦に臨んだ。6月22日、東京は国立競技場でイングランド代表を迎えた。
身長180センチ・体重86キロの好ランナーが、初のテストマッチ(代表戦)で昨秋のワールドカップフランス大会で3位だった強豪と激突することとなったのだ。15番をつけ、最後尾でのフルバックに入った。心境はこうだ。
「(試合に)出る前は、今までの人生にないくらい緊張していて。…正確に言えば、昨日(試合前日)の夕方くらいが一番、緊張していました。もちろん、メンバー発表はもう少し前にあったんですけど、(21日の夕方頃に)ジャージィプレゼンテーション(出場選手へのジャージィ授与)が終わって、『ホームで、イングランド代表戦で先発の15番で出させていただく』という実感がわいてきて…。逆に今日は、ほどよいマインドセットでできたとは思います」
桐蔭学園高出身で、いまは早大2年だ。本来なら20歳以下(U20)日本代表の選考対象も、日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチが飛び級を促した。U20日本代表の関連活動を視察したうえで、正代表の練習生にしたのだ。
6月6日からの宮崎合宿では、早くから主力らしき組に混ぜて実戦練習をさせた。確信した。
「若い選手を抜擢する際は感情面の未熟さが問題に挙がりがちですが、これまでの様子を見るに、矢崎はプレッシャーに耐えうるだろうと感じます」
いわば今回の国立での「緊張」は、若いのだから当然というより、この青年にしては珍しいと取るほうが自然かもしれなかった。
当日に15番が受け入れたのは、貴重で苦いレッスンだった。
球を持ち、落ち着いて目の前の人をかわすという持ち味を発揮しながらも、相手の防御に手をかけられてボールを滑らせたり、蹴り込まれた高い弾道のキックを落球したりもした。後半15分に退いた。
17―52での終戦後、記者団からは「力は出し切れたか」と問われた。即答した。
「力を出し切れていたら、もっと結果はいい形に終わっていたと思います。出し切れては、ないですね。もっとボールに絡んだプレーを多くするべきでしたし」
もっとも、20歳にして強大な相手とのゲームで初キャップを得られたのも確か。そもそも聡明さで鳴らすだけに、成長へのヒントも掴めただろう。
例えば前半11分頃にエラーを犯したが、それは防御の死角へチャレンジした結果だ。タックラーの腕の伸び方次第では、矢崎が大きく突破する可能性も匂わせていた。
だから「(イングランド代表は)堅かったですし、当たり前ですけど簡単にはいかない相手でした」としつつ、手応えも掴めた。
「いい形でボールを受けられたら(防御の)裏に出られた」
きっとボールをもらう前の動き、ボールをもらわない時の位置取りを含めてか、こうも総括した。
「(プレー中の)判断、予測の部分には、経験値(の影響)が多くを占めてくる。経験を積めていけたら。初戦がイングランド代表。それは大きな財産になる。2027年(ワールドカップオーストラリア大会)で日本がトップ4に入る時に、いまよりチームからもファンからも信頼される存在になりたいです」
これで日本代表は一時、解散した。翌週からの対マオリ・オールブラックス2連戦へ「JAPAN XV」が再編成され、イングランド代表戦に出た選手の一部がかねて発表のバックアップメンバーと入れ替わる。
他方、U20日本代表は7月2日からの世界大会へ準備を進めている。
果たして矢崎は「JAPAN XV」に携わるのだろうか。はたまた、U20日本代表がターゲットにしている7月の国際大会に出るか。
イングランド代表戦後にそう問われ、本人は「それは全然、わかってないです。日本(ラグビーフットボール)協会のあれ(発表)を待ってもらえたら」。矢崎の「JAPAN XV」選出が発表されたのは、その翌日だった。
これからも「経験」を重ねられる。
取材・文●向風見也(ラグビーライター)