青々とした稲と湿った風が初夏の訪れを感じさせる。栃木県小山市の広大な田園の真ん中に、ぽつんと立つ一軒家に次々と若者が訪れる。元農家の空き家という「ワケあり」物件をリフォームし、民泊施設として軌道に乗せたのは5年前に移住した夫婦だ。地域再生の成功事例として注目されている。(共同通信=藤田康文)
▽恵まれていない立地
東京から高速道路を通っても1時間半程度。JR小山駅から最短ルートで6キロ以上ある。有名な観光地が近くにあるわけではない。決して恵まれているわけではない立地に、一棟貸しの民泊施設「まなかのいえ」はある。
備えているのは台所と浴室、トイレ、談笑するのに使えるフリースペース、2室ある8畳の寝室。人数が多いほど1人当たりの負担額が安くなる料金設定となっており、平日の標準的な利用料は8人で泊まれば1人3千円強で済む。
▽コスプレ愛好家の利用も
主な利用者は、東京圏に住む20代のグループだ。就職や進学で離れ離れになった仲間の再会場所として活用されることもある。
備え付けの家庭用ゲーム機に興じたり、バーベキューをしたりと、合宿気分で思い思いに時間を過ごす。
近隣の目を気にせずに過ごせる環境のため、アニメのキャラクターの衣装などを着て楽しむコスプレ愛好家の利用も多い。「皆で泊まれる場所は多くない」と重宝がる。 自動車で訪れ、近くのスーパーで食材を買ってまなかのいえで自炊すれば出費を抑えながら非日常体験を楽しむことも可能だ。
▽自らリフォーム
まなかのいえは2020年7月にオープンした。合同会社「ダイバーステイ」の村山大樹さん(34)と史織さん(32)の夫妻が運営する。
地域おこし協力隊員だった大樹さんが農村滞在型旅行の推進に携わった縁で、物件の活用を相談され、借り受けた。
リフォームは水回りやエアコン設置など最小限にとどめ、費用を150万円以下に抑えた。こだわりを捨てて建物の現状を生かし、その分宿泊代を安くした。
客自身が解錠する無人チェックインを導入することで人件費を節約した。
▽新型コロナ禍で拡大
村山さん夫妻は周囲から「観光地でもないのに人は来るのか」と心配されたという。懸念とは裏腹に、3密(密閉、密集、密接)を避けられる地方での一棟貸しのスタイルは新型コロナウイルス禍で受け入れられた。
周辺地域で運営施設を毎年1軒ずつ増やし、今や4軒となった。どれも築50~60年と古く、面している道路が狭い、再建築不可などの理由で買い手が付きにくい「ワケあり」物件だった。放置されて庭の草木が生い茂り、伐採や砂利敷きに苦労したこともある。
▽家族が暮らせる売り上げに
24年3月末までに4軒で延べ約5300人泊を受け入れた。 「何でこれほどの人が来るのかなと思うけれど、需要があることは分かった」と大樹さん。
移住後に生まれた長男、長女との4人暮らしで「一つの家族が地方でそれなりに暮らしていける」だけの売り上げを確保できるようになった。
▽大都市暮らしに違和感
大樹さんは新潟県長岡市、史織さんは静岡県沼津市出身。同じ金沢大大学院で物理学を学び、修了後にそれぞれ神奈川県で就職した。
しかし、大都市での暮らしや働き方に違和感を持つようになり、縁あって2人で小山市に移った。
▽地域とつながる
民泊施設が多くの若い人を呼んでいることに近隣の住民から驚かれ、「頑張ってるね」と声がかかる。
一時期は農家が宿泊者向けに地元の野菜を使った弁当を提供してくれていた。村山さん夫妻は「空き家と地域とのつながりを作れたことがうれしい。長く使われていない空き家を少しでも減らし、人が集まる明るい場所に変えていきたい」と意気込む。
ダイバーステイは、47の地方紙とNHK、共同通信が各地の地域づくりを応援する「地域再生大賞」の2022年度の優秀賞に輝いた。地域再生大賞は24年度に第15回の節目を迎える。