F1の帝王と呼ばれた男の衝撃の実話『フェラーリ』

慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『フェラーリ』/ 7月5日公開

“フェラーリ”といえば、車やカーレースに興味がない人でも、“高級車”とか“レーシングカー”という漠然としたイメージが浮かぶのではないでしょうか。それほど世界中に知れ渡っており、実際にF1世界選手権など様々なレースを何度も制覇し、今年のル・マン24時間レースでも優勝を果たしています。

しかし、その創始者で“帝王”とも呼ばれるエンツォ・フェラーリの私生活は謎に包まれています。本作はエンツォの史実に基づく物語ですが、偉人伝のようにその一生を紹介するのではなく、波乱と激動の1957年に絞ったより深い人間ドラマを描いています。

59歳のエンツォは、経営危機に陥ったフェラーリ社の起死回生のために、ミッレミリア(イタリア語で「1000マイル」を意味し、一般公道のみを走破する当時の国民的な人気レース)の優勝にすべてを賭けます。一方、私生活では長男ディーノを亡くして冷え切った関係の妻ラウラが、密かに愛し合う女性リナと、彼女との間に生まれた息子ピエロの存在を知り、エンツォは人生の岐路に立たされます。

主役を演じたのは撮影当時39歳のアダム・ドライバーで、ヘアメイクに毎回2時間かけて臨んだその姿に驚かされます。圧倒的な存在感を示すラウラ役のペネロペ・クルスと、リナを演じる新進気鋭のシャイリーン・ウッドリーとの張り詰めた空気の中で交わされる丁々発止の言葉の応酬と心の機微が胸を打つでしょう。

レースシーンは自分が運転席に座っているかのような臨場感で、クライマックスに訪れる壮絶な出来事には、誰もが思わず声を上げてしまうはずです。生死の境を疾走するレーサーたちの覚悟と美学、命と勝利を左右するチーム監督としてのエンツォの非情と狂気。また、共同経営者でもある妻ラウラと、愛するリナという二人の女性、亡くしたばかりのディーノと未来あるピエロという二人の息子を巡る人間的な優しさと弱さ。オペラを鑑賞中に各々の胸に去来する美しい回想と、離婚ができない当時のイタリア社会の状況とあいまって、エンツォのクールな表情の裏に秘められた、引き裂かれるような心の叫びが痛いほど伝わってきます。

本作は栄光と挫折を行き来するレースの迫力や、運命と愛憎が交じり合う人間ドラマの深さに、誰もが心を揺さぶられるでしょう。さらに車やレース好きには、マセラティやベンツ、ポルシェなど、当時のオリジナルカーを3Dスキャンによって完璧に再現した名車の数々や、マニアであれば「あの写真のあのレーサーのあの場面だ!」とわかるようなシーンがあり、興奮させられるはずです。この稀有な映画体験を、ぜひ劇場に足を運んで味わって下さい。

『フェラーリ』 https://www.ferrari-movie.jp/

圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto

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