「沖縄の魂」渾身の語り 津嘉山正種 朗読劇「10カウント」 シリーズ最終章、集大成へ 7月5~7日 那覇市のタイムスホール

 那覇市出身の俳優で、演劇界屈指の演技派で知られる津嘉山正種さんが作・演出した朗読劇「10カウント ある老ボクサーの夢」(主催・劇団青年座、沖縄タイムス社、演出協力・菊地一浩)が5~7日、那覇市久茂地のタイムスホールで開かれる。年老いた元ボクサーと病気の少年の魂の交流を描いたドラマ。沖縄の人の心に何かを残そうと、2018年から上演してきたひとり語りシリーズ「沖縄の魂」の第5弾。渾身(こんしん)の思いを込めた集大成の舞台となる。(小笠原大介東京通信員)

沖縄で続く理不尽を朗読劇「命口説」で問いかける津嘉山正種さん=2023年6月30日、那覇市・タイムスホール(小宮健撮影)

 舞台、映画、TVドラマと活躍してきた津嘉山さんが70代に差しかかり、故郷、沖縄でひとり語りシリーズ開催を決めたのには理由があった。

 「肉体は衰える。走り回ることもできない。でも、沖縄の人の心に何かを残したい。それが語り部として舞台に上がることであり、沖縄出身俳優としての責務、使命だった」

 差別や沖縄戦にさらされた沖縄の人々の怒りや苦しみを描いた迫真の語りには、津嘉山さんが60年の俳優生活で培ってきた技術が惜しみなく注がれていた。

 ひとり語り「沖縄の魂」シリーズは、18年「人類館」を皮切りに、19年「沖縄の魂-瀬長亀次郎物語」、22年「戦世(いくさゆう)を語る」、23年「命口説(ヌチクドゥチ)」が上演された。

 ひとり語りの難しさを「芝居は身体表現を伴うが、語りは声や表情だけで客にイメージを描いてもらわないといけない。何よりも語り部の感性が求められる。経験の浅い役者では難しい」と話す。

 津嘉山さんがシリーズ最終章で選んだ「10カウント」には、20代後半に出会った若いボクサーの戯曲にまつわる無償の愛の物語がある。 

 役もなく、「才能がない。もう辞めよう」と考えていた時、所属する劇団青年座の創立メンバーの1人で、後に「渡る世間は鬼ばかり」などドラマや舞台で活躍する女優の故山岡久乃さんから若手ボクサーの物語の戯曲を手渡された。役作りのためにボクシングジムへ入会。月謝を払おうとすると、山岡さんが1年分の会費を払っていた。「『ここで諦めるな』と言われた気がした。俳優として救われた」

 作品を演じることはなかった。だが、66歳の時、年老いた元ボクサーの物語に書き直し、上演した。

 幼少期に母親から教えられた「人を思いやる心」、そして俳優としての道をつないでくれた山岡さんの「あふれる優しさ」への感謝を胸に、「これが最後の作品になったとしても、それは天命」という覚悟で舞台に立つ。

演劇賞を多数受賞 「踊る大捜査線」で活躍

 津嘉山正種さんは数多くの舞台や「踊る大捜査線」など人気ドラマに出演している。1987年、日本を代表する演出家、蜷川幸雄さんの「NINAGAWAマクベス」で主役を務め、英国公演の成功で脚光を浴びた。

 95年に上演された「GHETTO/ゲットー」で、第2次世界大戦下のユダヤ人居住区のリーダー役を演じ、第30回紀伊國屋演劇賞など主要な演劇賞を受賞した。

 その後も、「海の沸点」や「シャドーランズ」、「無法松の一生」など話題作に出演し、新劇界屈指の演技派俳優と評価された。

 テレビや映画でも活躍。「男はつらいよ」シリーズのほか、「踊る大捜査線」では警察幹部を演じ、劇場版にも出演した。

 ロバート・デニーロやケビン・コスナー、マイケル・ダグラスら著名な外国人俳優の吹き替えを担当。アニメの声優としても実績を挙げ、第15回声優アワード功労賞を受賞した。

芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した「黄昏」の1シーン(青年座提供)
迫真の演技が評価された「無法松の一生」(青年座提供)
「気になるルイーズ」の津嘉山正種さん(右)、熊谷真実さん=1994年11月19日、那覇市・パレット市民劇場

故郷への熱き思い響く  公演に寄せて・江原吉博(演劇評論家)

 沖縄の夏空の下、今年も魂の叫びが響く。津嘉山正種のひとり語り「沖縄の魂シリーズ」も今年で5回目。最終回を迎えた。

 2018年の『人類館』に始まり『沖縄の魂-瀬長亀次郎物語』『戦世(いくさゆう)を語る』『命口説(ヌチクドゥチ)』と続き、最終回の今回が『10カウント ある老ボクサーの夢』だ。

 狭い沖縄にとどまらず、日本全土に知れ渡る俳優にと、夢と志だけを支えに東京に出たのがほぼ60年前。以来、舞台、映像そして声優にと数えきれないほど多くの作品に出演してきた。

 しかし、今でこそ多くのファンを擁する津嘉山も、東京に出て即活躍の場に恵まれたわけではなかった。劇団青年座に滑り込んだまではよかったが、その後まったく役が付かず、ゴミトラの運転手やバーテンダーなど、アルバイトで口を糊(のり)する日々が何年も続いた。諦めかけたことも幾度かはあった。

 もっともこれは津嘉山に限ったことではない。役者で飯が食えるのはほんの一握りだ。津嘉山でさえの感はあるが、大なり小なりアルバイトが生活の支えであるのは今も昔も変わりない。

 だが、いったん世に出てからは舞台に映像に、和物洋物、どんな役もオールラウンドにこなしてきた。それにあの声。少し鼻音的だが澄んでいて、しかも力強いあの声だ。いかにも洋画の吹き替えに向いている。というと、ハンサムな洋風紳士、はたまただて男と、スマートな演技や役柄ばかりを思うかもしれないが、実際は意外と武骨不器用な俳優だ。貶(けな)し言葉ではない。津嘉山の役者人生の根幹にかかわる問題だと、私は思っている。

演劇評論家の江原吉博さん

 人様に恥ずかしい仕事は金のためでもしなかった。ある演劇雑誌のインタビュー対談で、そう語るのを聞いて合点がいった。プロ根性に徹すればできないはずはない。不器用さと私が思ったのは、役者以前の人間性からくるもの。演技の問題ではない、信念の問題だったのだ。

 自分の人間観からみて納得のいく人物を演じたい。津嘉山の役者人生は概(おおむ)ねその信念に貫かれている。一見逆でも、悪者ならば善意や正義の証しに。戦争の悲惨を描くのは平和の尊さを伝えるためだ。しかも理屈ではなく、見て納得できる人物造形をとおして。

 ここにきて故郷沖縄への思いはいや増しに強まる。「沖縄の魂シリーズ」はその表れだ。沖縄の不幸は黙過できない。平和を願う沖縄人の魂を語ろう。津嘉山正種は熱く語り続ける。最終回の『10カウント』は彼の役者人生と重なるものだと聞く。大いに期待して待とう。

プロフィル

 1944年那覇市生まれ。那覇商業高校卒業後、琉球放送勤務を経て上京、65年劇団青年座に入団。

 87年「NINAGAWAマクベス」ロンドン・ナショナルシアター公演では主役を務めた。映画「男はつらいよ」シリーズ、テレビドラマ「踊る大捜査線」シリーズなどの出演の他、ナレーション、洋画の吹き替えなど声の出演多数。

 82年からNHKFMの深夜番組「クロスオーバーイレブン」のパーソナリティを務め、2001年の番組終了まで担当。

 主な舞台作品に、青年座「無法松の一生」、「殺陣師段平」など。1995年に主演した「GHETTO/ゲットー」が紀伊國屋演劇賞、96年には「シャドーランズ」で読売演劇大賞優秀男優賞、2010年に舞台「黄昏」での演劇が高く評価され、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

 21年に第15回声優アワード功労賞、23年に第67回沖縄タイムス賞を受賞。東京在住。

 

日時  5日(金)午後6時開場 午後7時開演    
     6日(土)午後1時開場 午後2時開演
     7日(日)午後1時開場 午後2時開演
会場  タイムスホール(タイムスビル3階)
入場料 前売り券4500円 当日券5千円
 (全席自由・期日指定、未就学児の入場は不可)
問い合わせ=沖縄タイムス社文化事業本部、電話098(860)3588

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