元コンビニ店長が甲子園準優勝へ! 明豊・川崎絢平監督の若者コミュニケーション術

時代が令和になり、高校野球にも新たな風が吹き始めている。生徒たちを𠮟りつける指導法は淘汰され、選手たちの自主性を重んじる、褒めて伸ばすといった方向に変わりつつある。大分県にある明豊高校を2012年秋から率いているのが川崎絢平監督。2021年の春の甲子園では準優勝に導くなど結果を残している。野球著作家のゴジキ(@godziki_55)氏が、異色の経歴を持つ川崎監督を紹介します。

※本記事は、ゴジキ:著『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ:刊)より一部を抜粋編集したものです。

選手時代はエリートコースを歩んでいた

選手時代に強豪校・智弁和歌山で過ごした3年間で、優勝・ベスト4・ベスト16を経験し、名将・高嶋仁氏の下で学んだ川崎絢平氏が、大分県・明豊高校の監督に就任すると、同校は2019年から特に安定した強さを見せている。2019年は監督としてセンバツ初出場でベスト4、2021年はセンバツ準優勝という優れた結果を残した。川崎氏就任時と前任者の明豊の甲子園成績は次の通りになる。

就任後、明豊の成績は伸び続け、2019年センバツでは、横浜の及川雅貴(現・阪神タイガース)を攻略して勝利し、勢いそのままベスト4を記録する。2021年のセンバツでは、「チーム史上最弱」と言われていたが、球数制限が設けられて初めての大会ということもあり、京本真(現・読売ジャイアンツ)・太田虎次朗・財原光優の投手陣と鉄壁の守りを活かしたチームビルディングで勝ち上がった。

また、小園健太(現・横浜DeNAベイスターズ)を擁する市立和歌山や、その年の夏に準優勝した智弁学園(奈良)に勝利し、畔柳亨丞(現・北海道日本ハムファイターズ)擁する中京大中京を下すなど、準優勝したチームに相応しい強さを見せた。この大会で明豊は、史上初となる5試合連続無失策を記録するなど注目度が急上昇した。

一気に明豊を強豪校に引き上げた川崎氏は、選手時代エリートコースを歩んでいた。しかし、智弁和歌山から立命館大に進んだあと、社会人野球の名門チームに入社が決まりかけていたときに、受け入れ側の都合で話がなくなってしまう。そこで、和歌山のスーパーチェーン「マツゲン」に入社し、地元のクラブチーム和歌山箕島球友会でプレーを続ける。

このスーパーでの経験が、後の指導者人生の礎となる。大学までは申し分のない野球人生だったが、初めて野球以外の世界に触れることで、考えや視点が変わる機会になっただろう。

また、マツゲンを退社後、コンビニチェーン・ローソンの店長を務めることになり、店長として何より苦労したのが「アルバイトの管理」だった。突然、バイトの店員が休んだときの対応をどうするか。

頭ごなしに叱責しては関係が気まずくなる。川崎氏は気持ちよく働いてもらい、信頼関係を構築するための努力を惜しまなかった。コンビニ勤務で今どきの若者との距離感の取り方、コミュニケーション術を学んだのだ。

ローソンの店長を務めながら、地元の中学生のコーチをしていると、智弁和歌山のコーチを頼まれる。母校の恩師、高嶋氏が「中学生を見てるなら、うちでやってみいひんか」と手を差し伸べた。

そこで3年間、のちにプロで活躍する岡田俊哉(現・中日ドラゴンズ)や西川遥輝(現・東京ヤクルトスワローズ)らを育てた。智弁和歌山でのコーチの仕事を終えてからコンビニに戻り、深夜業務もザラだったそうだ。

▲コンビニの店長を務めたことで若者とのコミュニケーションがうまくなった イメージ:Graphs / PIXTA

しかし、家庭の事情もあり大分に転居する。大分ではパソコン教室に通い、仕事を探していた最中、大分東リトルシニアの球団会長に拾われるかたちで、投球解析ソフト販売代理業務を始めつつ、大分東リトルシニアのコーチとしても野球の現場に携わることになる。

その後、球団会長に「お前はこんなところにいる人間じゃない。ちょっとあちこち聞いてみるから」と言われ、まもなく「明豊が指導者を探しているらしい」と明豊に入ることになる。それから2012年の夏が終わったタイミングで監督に就任し、“川崎の明豊”が徐々にでき始める。

「認めて伸ばす」コミュニケーション術

川崎氏は、練習で「普通」をとことんやり切ることを重視する。目新しい取り組みではなく、「普通」のことを地道に積み重ねることでチームが徐々に力をつけ、就任後7年経ち、明豊は本格的に花開いたのだろう。川崎氏は、特別なことをやるよりも、「普通」のことをどれだけ突き詰めてやれるかが大事だと考えている。

また、智弁和歌山で過ごした選手時代に反復練習を繰り返しており、その経験から当たり前のことをしっかりやるのが重要である、と意識している。だからこそ、「凡事徹底」を指導方針に掲げ、あれこれ手を広げるよりも、「投げる、打つ、守る」といった基礎の反復練習を第一に取り組んだ。

川崎氏の選手達に対する指導法は、「認めて伸ばす」ことだ。褒めるよりも認めることにより、選手の自主性を伸ばすのである。さらに、「これをやれ」と押し付けることは、反発心を抱く選手が出てくると予想されることから、選手とコミュニケーションを取るときは、ワンクッションとなる言葉を入れて伝えることを意識している。

具体的には、「お前にしかできないことって、こういうことでしょ」や「お前のこういう部分を期待しているから、お前がいないとみんなが困る」と一言添えているようだ。その一言により、選手たちは「俺のことを見てくれている」と安心する。このように接することで、選手たちはモチベーションを維持し続けることになるだろう。

川崎氏のコミュニケーションを見ると、現在の学生に向けて非常に効果的な接し方をとっていることがわかる。

また、選手やスタッフとの距離感も意識しているようだ。選手たちにとって、何が一番必要なのかを重要視しながら、コミュニケーションを取っていくのである。スタッフを含めたコミュニケーションの場合は、指導者によって選手のフォームに関する意見が割れると戸惑わせるリスクがある。

そのため、専門領域で役割分担を設けることや、異変が起きた場合はすぐに報告をしてもらうなど、選手たちを第一に考え、スタッフとの連携を構築している。

さらに、川崎氏は保護者との関係性も大事にしている。まず最初の段階で明豊のルールを伝える。

具体的には、練習を見学するのは自由だが、見学できるスペースは限られているということ。また、「練習中は子どもさんに声を掛けないでください」ということもお願いしているという。こうして、保護者のケアもしながら選手を第一に考えて、強いチームをつくっていることがわかる。

▲保護者との関係性も大事にしている イメージ: tamu1500 / PIXTA

情を挟んでいたら甲子園で勝てない

実戦の戦い方に関しては、常に接戦を意識したプランニングや、試合後半で勝負することを意識している。川崎氏は、常に4-3や3-2といった接戦をイメージして試合に入る。相手との力量の差は関係なく、9イニングを戦うことを想定し、試合終盤の7〜9回をどうやって攻め、守り抜くかをシミュレーションしているのだ。

さらに、最初から「想定外」を意識し、試合に臨んでいる。最終的に1点でも上回ることを意識するため、想定すべきなのは大差ではなく僅差の試合なのだ。特に、好投手と相対したとき、僅差で勝つプランを再現することが求められる。

また、明豊といえば継投策のイメージが強いが、2番手以降の投手は、イニングの頭からの継投を意識しており、走者がいないベストな状態で100%の力を出せるように起用している。

加えて、継投策には「情」を挟まないように意識しているようだ。具体的には2017年夏の甲子園3回戦の神村学園戦。試合には勝ったが、継投策が失敗して苦しい試合になった。

▲継投策には「情」を挟まないように意識している イメージ: KOHEI 41 / PIXTA

あの試合で先発した佐藤楓馬には、8回に「このイニングで最後だから、力を振り絞って頑張れ」と伝令を飛ばし、佐藤はリードを守ったまま投げ切った。

しかし、「まだ投げたいです」と佐藤が主張してきたため、それに応えるように「わかった! じゃあ行け」と言って9回のマウンドに送り出した結果、9回に3点差を追いつかれてしまった。

この試合で、監督と選手、指導者と生徒とのあいだの「情」は大事だが、情に流されて勝てるほど甲子園は甘くないとも感じたのだろう。以降は、早めの継投を意識し、「実際に早いタイミングで投手を代えて後悔した、というイメージはあまりないんです」と話す。

一方、「逆に“遅れたな”と思って後悔したことは何度もあります。神村戦は迷って代えなかったことが失敗だったので」ともコメントするように、「迷ったらすぐに代える」という継投策になったのだ。

プロ野球の世界でも継投策は非常に難しい。高校野球の最適解を見つけ出して、早め早めの継投を意識したあと、川崎氏率いる明豊は甲子園でも勝てている。多くの高校が継投策や投手の複数人起用に苦しんでいるなかで、過去の経験が結果に結びついているのだろう。

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