後期高齢者芸人おばあちゃん、孫世代の芸人たちとのネタバトルに挑む理由「 ファンレターの内容もほとんどが悩み相談です」

おばあちゃん 撮影/有坂政晴

吉本興業に所属するピン芸人、おばあちゃん。2019年4月にデビューした芸歴5年の“若手芸人”だ。昨年のM-1王者令和ロマンは東京NSCの1期先輩にあたる。若手といっても年齢は77歳。昭和、平成を懸命に生き抜き、令和の時代に新人としてデビューを果たした後期高齢者なのだ。家族の生活のため中学卒業後に就職、働きながら通信制高校、短大、4年制大学を卒業。38歳の時にはステージ4の乳がんが発覚し、生死を彷徨う。そんな彼女の波乱万丈すぎる人生の「THE CHANGE」に迫る。

大学進学の夢を叶え、自分の乳がん体験を社会の役に立てることもできた。あとはもうのんびり老後を……とならないのがおばあちゃんこと沖原タツヨさんである。暇になったから演劇でも、から思いがけずNSCに入学することになったのはすでに紹介した通りだ。

NSCではダンスの授業以外は、孫世代の若者たちと同じ課題に挑戦した。合宿にも参加した。さぞ負けん気が強いご老人なのだろうと思ったのだが。

「いえいえ、若い人たちにはもう負けっぱなしですよ」

そもそもNSCを出たからといってお笑い芸人になれるとは思っていなかった。卒業後は一応吉本に籍を置いたものの、芸人になった自覚はなかったという。

ところが、今やおばあちゃんは神保町よしもと漫才劇場の所属メンバーであり、2か月に一度出演をかけて行われる選抜勝ち抜き戦では順調に残り続けている(たまに落ちることもある)。

「残るたびに本当にびっくりします。え? 私が? また残ったの? って。でもうれしいです」

応援してくれる人たちがいるから

芸人として世に出たい若者。あくまで優先されるべきは彼らだ。自分は一歩下がった位置で構わない。

それでも勝ち抜き戦に出るのは、応援してくれる人たちがいるから。

「一度落ちた時は『もうこれでいいかな』とも思ったんです。私みたいなものが舞台にあがって、テレビ取材を受けて、本まで出して。十分といえば十分なんですけど、こんな私でも見に来てくださるファンがいる。だから、もう一度無理しない範囲でがんばろうと挑戦してみたら勝ち残りました」

こんな自然体で勝ち抜き戦に挑める“若手芸人”、おばあちゃん以外の誰がいるというのだろう。どうして落ちないのか自分でも不思議というおばあちゃんだが、人気の原因は冷静に分析している。

「たぶん、みんなが自分のおばあちゃんと私を重ねて見てくださるのでしょうね。東京には地方から出てきている人が多いでしょう? だから、きっと、自分のおばあちゃんに対するいい思い出を、私に重ねて見てらっしゃるのだと思います」

ファンには若い女性が多いそうだ。

「よくファンレターをいただきますよ。感謝です」

サイン会も何度か開催したが、その際には全国各地からファンが駆けつけた。

「どうして私のことを知っているの? と聞いたら、YouTubeなどいろいろ見て、それでどうしても会いたかったとのことでした。劇場だとネタしか見れないけど、サイン会だったら何かお話できるかなと思って来たんです、って」

現在のおばあちゃんは「老人あるある」を川柳にして披露するソロ漫談のスタイルをとっているが、芸風はあくまでのんびり優しく、毒は軽い自虐程度。心和むお笑いだ。ファンはそんな姿に癒やしを求めているのだろう。

「 ファンレターの内容もほとんどが悩み相談です。進路の悩み、仕事の悩み、いろいろですけれど」

人のせいにしてしまったら成長もしない

ある女性のファンレターには、おばあちゃんの「何ごとも人のせいにしない」という言葉に救われたと書かれていた。

「人のせいにしないというのは私のモットーです。なにかうまくいかないことがあったとしても、それをすべて人のせいにしてしまったら成長も何もしないじゃないですか。時代が悪いから、親が悪いからで終わらせたら先に進めません。自分が努力すればいい話です」

おばあちゃんも芸人になってからすべてが順風満帆だったわけではない。今も夫の病気や兄の認知症など、数々問題を抱えている。

「年と取って病気になったり認知症になったりするの当たり前。受け入れるだけです。そうした時には、相手にとって一番いい方法を考えればいいんですよ。あとは寄り添って、私のできることだけをすればいい。できないことは皆さんにお願いする。それに私自身もそう先が長いわけではありません。だったら明るく楽しく生きていこうっていうだけです」

ただ舞台に立つだけで力強くも無理しない自然な生き方、老い方を教えてくれる。おばあちゃんの人気の秘訣は、そんなところにあるのかもしれない。

おばあちゃん
1947年2月12日生まれ、東京都出身。東京NSCに24期生として入学し、2019年4月に72歳でデビュー。2023年6月には「神保町よしもと漫才劇場」の過去最高齢となる76歳で劇場所属メンバーとなる。2024年3月には『ひまができ 今日も楽しい 生きがいを - 77歳 後期高齢者 芸歴5年 芸名・おばあちゃん』 を上梓した。

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