【伊達公子】「決勝を一番近く」感じた96年ウインブルドン準決勝グラフ戦<SMASH>

現在開催中のテニス四大大会「ウインブルドン」では連日熱戦が繰り広げられています。私は1996年に当時の女王ステフィ・グラフ(ドイツ)と準決勝をセンターコートで戦いました。94年にトップ10入りして以来、グランドスラムの2週目を戦うのは私にとって当然になっていましたが、優勝は現実的ではなく、「決勝に残る」ことが目標でした。その決勝を一番近く感じ、最終的に遠く感じたのが、この試合でした。

94年全豪オープンの準決勝でもグラフと対戦しました。この大会の私は絶好調で、大会前から大会期間中も「誰にも負ける気がしない」と思っていたんです。しかし、グラフにはまったくかないませんでした。この時、決勝はまだ遠かったんです。

96年、私は引退を決意していました。変な気負いがなく気持ち的に落ち着いていたことが、うまく機能していたと思います。3月のマイアミ大会でグラフに敗れましたが、この試合で対グラフの戦略が見えてきました。それを実行して初勝利を挙げたのが、国別対抗戦のフェド杯です。

グラフはフォアが強力なのでバックを狙うと、いやらしいスライスが返ってきます。この跳ねないスライスが自分のフォア側にくると、ボールを持ち上げるのに体力を奪われて浅くなり叩かれるというパターンにはまります。反対に、順クロスに打ってくるフォアは回り込みフォアほど驚異ではないことに気付きました。私のフラット系のボールをフォア側に打つと、振り遅れて主導権を取られないこともわかりました。

そこで、フォアではクロスに打ち、バックはダウンザラインの精度を上げて、グラフのフォア側にボールを集める戦法にしたんです。ボールが浅い時はバックに打ってもスライスを使えず浮きやすいのでネットでポイントを終わらせます。あとは、真ん中の浅めもうまく使い、攻撃の手を防いでいきました。フェド杯でこれが機能したので、ウインブルドンでサーフェスが変わっても作戦は大きくは変えないことにしました。
彼女が「グランドスラムは違うぞ」という気持ちで来ることは承知していたので、簡単にはいかないことはわかっていました。フェド杯で勝ったからといって、ツアーの試合ではないことは理解していましたし、今度も勝てるのではという変な期待感はありませんでした。グランドスラムの舞台で同じようなテニスができるのか、自分を試したい気持ちで、冷静に試合に臨めたと思います。

いつもロケットスタートのグラフが、この試合では“高速ロケット”スタートでした(笑)。私は時間がかかる方なので、早く合わせられるようにしていました。第1セットの終盤ぐらいから、少しずつつかみかける感覚みたいなものが出てきたんです。

第2セット序盤から、その感覚がどんどん大きくなっていきました。そんな時、走って走って、転びました。私は走っている時の方が調子が良く、そのポイントが切っ掛けで、タイミングがピタッと合ったんです。つかみかけていた感覚を完全につかめた瞬間でした。調子の良い状態で第2セットを取れたわけです。

ここで試合は日没サスペンデッドになります。この時の状況については、来週のコラムで書こうと思います。

文●伊達公子
撮影協力/株式会社SIXINCH.ジャパン

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