もはや詐欺の領域に
どこをどう探しても、会員登録解除のページにたどり着かないサイトや、ページを開いた途端に謎のカウントダウンが始まり、「今ならお得、早く買わないと通常価格に戻ります」と警告してくる通販サイト。
こうしたサイトのデザインは「ダーク(闇の)パターン」、もしくは「ディセプティブ(人を欺く)パターン」と呼ばれている。
『ダークパターン――人を欺くデザインの手口と対策』(BNN、長谷川敦士監訳・高瀬みどり訳)の著者、ハリー・ブリヌルその人が名付け親で、本書は欧米を中心に、ユーザーを罠にかけるがごときサイトの手口の数々を紹介する。
日本でも冒頭述べたような我々が目にするダークパターン的なサイトは少なくないが、本書で紹介される欧米のそれはえげつなさにおいて日本の比ではない。もはや不誠実を超えて不謹慎や詐欺の領域に片足を突っ込んでいるのではないかと思われるようなものまで散見されるのだ。
その手法は実に様々で、人間心理の盲点を突き、デザインでごまかし、目の錯覚まで利用しながら、しかし合法の範囲内でいかに収益を上げるかに終始する。まさにダークパターンは〈心理学、デザイン、法律が交錯するところ〉。ウェブの世界の殺伐とした「騙し」の実態が垣間見えるのだ。
「断れば早死にします」
本書が紹介している中で、最もショッキングだった例を挙げよう。それは医療品や救急箱を扱うメディカル系の通販サイトの事例だ。
会員登録し、買い物をするところまでは通常のサイトと同じなのだが、ウェブサイトからのお知らせ(新商品やセール情報など)を「受け取らない」と選択する場合にクリックする文言が、次のようなものになっていたという。
〈No,I don’t want to stay alive.(いいえ、私は生き長らえたくありません )〉
つまり、サイトからのお知らせを受け取らないと早死にするぞ、と脅しているのである。もちろん、お知らせを受け取らなくても早死にはしない。むしろこうした文言に不快になったユーザーはお知らせを受け取らないどころかこのサイトでの買い物を止めてしまうのではないかと思うが、後述するように一定の効果があるからこそこうした手法が使われたのだ。
もっと直接的な手段もある。イギリスのあるスポーツ用品店のサイトのケースでは、商品を買うと勝手にマグカップと雑誌も一緒に買い物かごに入れられてしまう。注意深いユーザーであればかごから削除してショッピングを続けるだろうが、多くのユーザーはそのまま決済してしまい、要らないマグカップと雑誌を一緒に買う羽目になったという。
2014年以降、EU圏内ではこうした手法は法律で禁じ手となったが、相手の不注意に付け込んで要らない商品を売りつける手法が一時的にもまかり通っていたとは驚くばかりだ。
1回のつもりが7回も寄付
こうしたダークパターンを用いるのは通販事業者だけではない。なんと、現在11月の米大統領選の有力候補であるトランプ前大統領の選挙活動にも「多種多様な」ダークパターンが使用されていたという。
最初は、献金する際のチェックボックスで「定期的に寄付をする」にマークがデフォルト(初期設定)で入っている、というもので、本書の事例で言えばかなり初歩的な手段だった。
ところがこの手段で「定期的な献金」を選択したままにしたユーザーが多かったことに味を占め、一週間後には「寄付と同じ金額を、トランプの誕生日祝いとして別途寄付する」という項目が追加されたという。
さらには「定期的に寄付」の期間を「毎月」から「毎週」に変えたうえ、寄付金額を細字にして額を目立たなくしたり、勝手に「さらに100ドルを寄付」なども選択済みにしておくという手法を取った。
これにより、一回だけ、少額の寄付をするつもりでサイトから申し込んだトランプ支持者は、誕生日の献金、毎週の定額献金に加え、さらに100ドルまで取られることになってしまったという。
78歳のトランプ支持者が「900ドルを1回だけ寄付するつもりだったのに、気づけば7回も寄付させられていた」と驚愕している実例も紹介されている。
もし日本で政治家がこうした文字通りのダークなパターンで寄付や献金を募ったとしたら、そのページがスクリーンショットでSNS上にアップされ、非難囂々の嵐になるに違いない。謝罪に追い込まれ、返金対応さえしなければならなくなるはずだ。政治家のような公的な立場にある人間だけでなく、企業であっても炎上は免れないだろう。
良心よりも数値目標、の世界
ある通販サイトが訴訟を起こされ、賠償金を払った事例も紹介されているが、それでもこうした事例が後を絶たないのは、結局「手法が問題視され賠償金を払うことになったとしても、それ以外のユーザーから巻き上げられる売り上げが大きい」からだ。
ユーザー視点から言えば「短期的には騙せても、そうした姑息な手段を使うサイトは継続的には利用しない」となりそうなものだ。
だが、サービス事業者には事業者側の論理がある。
ウェブの世界ではA/Bテストが行われており、通常の文言で販売を促すAパターンのサイトと、脅し文言などを使うBパターンをそれぞれ表示し、実際にどちらが効果的かをテストすることができる。おそらく、テストでは「脅し文言」のBパターンのほうが、数字が良かったのだろう。
しかしこれは、ユーザーを人間ではなく、「単なる数字」でしか見ていないからこそ陥る過ちである、と本書は指摘する。
業界ではKPIと言われる数値目標(ページビュー、ユニークユーザー数、サイト内回遊率など)が定められており、運営側はこれを達成することを求められる。「数字さえ達成できればいい」わけで、ユーザーがその結果どんな気持ちになったか、相手を騙すことになっていないか、などの良心は考慮の対象外。だからこうした手段が横行する、ということなのだ。
事業者とのイタチごっこは続く
ブリヌルはこうしたダークパターンと「ナッジ」についても触れている。ナッジとは、行動経済学の知見に基づくものであり、人はちょっとしたきっかけで、あまり深く意識せず狙い通りの善行を働くように仕向けられる、というものだ。
有名なのは男性用の小便器にハエや的のイラストを描いておくと、男性たちがそれをめがけて用を足すようになり、床の汚れが減る、という事例だ。
しかし、「ちょっとした促しによって人を思う方向へ誘導できる」ということは、必ずしも善とは言えない方向へも誘導することが可能になる。
そんなことは誰でも思いつくわけで、当然ながらウェブ上のサービスでは「悪いナッジ=スラッジ」が横行することになってしまった。人間心理を悪用して、サービス提供者が得し、自身が存する方向へユーザーを動かしてしまう。
本書はダークパターンのありとあらゆるパターンを網羅し、法的に対処できるもの、ユーザーが気を付けるべきもの、サイト構築者が避けるべきものを挙げて警鐘を鳴らしている。
だが、今後は生成AIによるサイト構築も増えることから、いくら規制しても抜け穴をすり抜けるイタチごっこになることが予想される。
何より問題なのは、ダークパターンのカモになりやすいのは視覚に障害がある者、騙しのような文章を読解し回避する能力がない者、時間がなく何ページも遷移が続く解約手続きをやり遂げることができない者――つまりあらゆる意味で何らかの弱点を抱えている人、ということになる。子供や老人はもちろん、絶好のカモだ。
こうした手法はウェブで盛んだが、人を動かすためのあらゆる局面で悪用できてしまう。ユーザーとしては漫然とサービスに乗っかるのではなく、自分の時間や財産を売り渡すことにならないか、確認しながら使うしかない。