『虎に翼』小林薫から伊藤沙莉へ最後のエール 寅子や桂場に受け継がれる“穂高イズム”

退任記念祝賀会の場で、穂高(小林薫)に渡すはずだった花束を多岐川(滝藤賢一)に託し、部屋を出ていった寅子(伊藤沙莉)。大人になれと桂場(松山ケンイチ)から叱責される寅子だったが、スピーチの中にあった「雨だれの一滴にすぎなかった」と自身を卑下する言葉は、女子部の生徒たちの人生がまるで無数の雨粒の一つだったかのようではないかと、寅子は怒りをあらわにする。納得できない花束は渡さない。そういうものだと流されない。寅子は行き場のない怒りを家庭局のある屋上で叫んでいた。

『虎に翼』(NHK総合)第70話では、翌日その家庭局に穂高が寅子を訪ねてやって来る。寅子に湧いてくる怒りには、穂高を恩師として敬う愛情も含まれている。第70話冒頭の、机におでこをくっつけた寅子の姿は、昨日の行動の後悔を表したカットだ。

穂高は、自身が既存の考えから抜け出すことができなかったのに対して、寅子は既存の考えから飛び出して人々を救うことができる人間だということを伝えにやって来た。穂高は教え子として、寅子は恩師として、互いを誇りに思っていることは事実。「てっきり怒られるのだとばかり」という寅子に、穂高はすぐさま「そんなことはせん。そんなことは……これ以上、嫌われたくない」と本音を滲ませる。続けて穂高が言った「分かっとるよ、それなりに好いていてくれてるのは」という一言に寅子が笑みを見せると、「よかった。最後に笑ってすっきりした顔でお別れできそうで」と安堵した表情の穂高。「君もいつかは古くなる。常に自分を疑い続け、時代の先を歩み、立派な出涸らしになってくれたまえ」という穂高らしいエールに、寅子の顔がほころぶ。長年気まずい空気が漂っていた“師弟”もしくは“親子”が、最後の最後で笑い合うことができた。

その後、穂高は穏やかに亡くなっていく。精進落としの場は、竹もと。山盛りのあんことくし団子、一升瓶、そして学生時代の久藤(沢村一樹)、多岐川、桂場、穂高を写した写真がテーブルに置かれている。団子を頬張り、酒をグイッと飲む桂場。酔いの勢いで彼が主張するのは、穂高の教えが寅子を含めた“俺たち”に染み込んでいるということ。桂場の理想は、司法の独立を守り、権力者の好き勝手にさせない、法の秩序で守られた平等な社会を守ることである。

驚くのは、「寅子が虎視眈々」というギャグに自ら気づき笑いながら、団子の皿にかぶり付く桂場の奇行。口の端からは血が滲んでおり、喋るたびに口からガラスの破片が飛んでいる。芝居と演出とはいえ、見ているこちらが朝から少々ドン引きしてしまう画だが、『あさイチ』(NHK総合)の“朝ドラ受け”を任されたファーストサマーウイカが、さっそくモノマネに取り入れていたのは流石の対応力である。

桂場のやけ酒は、彼にとっての穂高という存在の大きさを示してもいる。尊属殺の最高裁判決で穂高が書き記した反対意見は、「この度の判決は、道徳の名の下に国民が皆、平等であることを否定していると言わざるをえない。法で道徳を規定するなど許せば、憲法14条は壊れてしまう。道徳は道徳。法は法である。今の尊属殺の規定は明らかな憲法違反である」という、周りに何を言われようと声を上げ続けた、寅子や桂場たちが理想とする穂高イズムそのものだ。尾野真千子の語りで触れられる「尊属殺の問題は20年後、再び世間をにぎわすことになります」については、「尊属殺重罰規定違憲判決」で調べれば、その後に穂高のような声の届く先となった出来事のことが知れるだろう。

寅子が離婚調停を担当する、両親の間に生まれた栄二(中本ユリス)。父と母どちらが引き取るかではなく、栄二の気持ちを優先することで、寅子は家裁の理想に近づくことができた。息つく暇もないほどに多忙な日々を送る寅子は、すっかり母親としての面は疎かになっていた。“朝ドラ受け”でも言及されていたように、優未(竹澤咲子)のテストの84点という点数を一切誉めなかったこと、直明(三山凌輝)に告げる「優未とじゃキラキラしないから」というセリフ、さらに第14週のラストカットである喪服のまま布団で眠る寅子を見つめるスンッとした顔の優未とその背中を見つめる花江(森田望智)が、猪爪家の絆に入り始めている小さなヒビと次週の不穏な展開を予感させている。
(文=リアルサウンド編集部)

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