『笑うマトリョーシカ』櫻井翔の恐るべき“演技の演技” “美恵子”は本当に実在するのか?

政治家の真価を示すものの一つが演説力だろう。堂々とした話し方、共感を誘う身振り、そして絶妙な間合い。しかし、もしそれらが全て、本人ではなく誰かが巧妙に作り上げたものだったとしたら……。

TBS金曜ドラマ『笑うマトリョーシカ』は、そんな不穏な想像を画面のすぐ向こうの世界に描き出す。とある政治家の魅力的な外面と、その内側に潜む謎。それらが芋づる式に明かされていく過程は、まさにマトリョーシカ人形を開けていくかのようだ。

道上(水川あさみ)の脳裏にはある仮説が浮かぶ。父・兼髙(渡辺いっけい)の死は、BG株事件の真相を葬りたい鈴木(玉山鉄二)の仕業ではないか。そして清家(櫻井翔)は、鈴木に操られた人形であり、密かに助けを求めているのではないか。

しかし、真相に近づこうとした矢先、道上の部屋が何者かに荒らされる。盗まれたのはBG株事件に関する資料や取材ノートのみ。道上の追及が、誰かの神経を逆なでしたのは明らかだ。

この事件の危険性に記者たちもざわめく。かつて汚職を暴いた議員の秘書が自殺未遂をしたことにより、「夫は強引な取材でノイローゼになりました」と週刊誌に載せられ、「殺人記者」というレッテルを貼られたことのある道上。しかし、彼女は「触れちゃいけないことに触れるのが記者です」と、揺るぎない姿勢を貫く。その言葉には、記者としての使命感と、真実への強い渇望が感じられた。

さらに第2話では、清家の自叙伝『悲願』が新たな謎を投げかける。清家が私設秘書を務めていた代議士・武智(小木茂光)もまた、兼髙と同じく不慮の交通事故で命を落としていた。その後、清家が彼の地盤を引き継ぎ、27歳の若さで初当選を果たす。あまりにも都合が良すぎるこの一連の出来事は一体「誰が」仕組んでいるのだろう。

また今回は清家の過去も明らかになる。清家の演説は、鈴木が描いたシナリオに沿って行われていた。その完成度は奇妙なほど高く、うつむき方や間合いまでもが計算されていたのだ。沈黙のタイミング、声の抑揚、身振り手振り……そのすべてが巧みな演技のようだった。

表面上は司会やニュースキャスターも卒なくこなす、演じる櫻井本人を彷彿とさせる爽やかな優等生。その迷いなく堂々とした演説は、実際の政治家を思わせるほどリアルだ。しかし、そんな清家の言動のどこまでが本心なのかという点は、本作の最大の謎でもある。第2話ではさらに清家の背後に別の存在も示唆され、視聴者は清家の一挙手一投足に注目し、その真意を探ろうとするだろう。

櫻井翔といえば、これまでの連ドラでは『ザ・クイズショウ』(日本テレビ系)の神山や『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ系)の影山など、毒々しさをはらんだ役柄で魅せてきた俳優だ。清家の本心と演技の境界を曖昧にする抑えた演技の中に、ほんの少しの“毒”が垣間見える瞬間を楽しみにしたい。

国会での答弁、記者会見でのコメントに至るまで、清家の“舞台”はすべてが綿密に計画されたシナリオに基づいているようだった。それは彼の自叙伝『悲願』にも如実に表れている。しかし、鋭敏な道上は、本のある部分、そして学生時代に書いたハヌッセンに関する論文に、清家の本音が記されているのではないかと推測した。『悲願』の中で“美恵子”(田辺桃子)について書かれた部分を、清家自身が執筆したと道上は考えたのだ。大学3年の時に知り合った美恵子は、清家の当時の恋人でもあった。

一方で、道上は武智の死亡事故についても調査を進める。清家に接触し、2つの事故の関連性から鈴木について尋ねる彼女の姿勢は、真実への執着を感じさせる。「あなただって、関係を絶ちたいと思ってるんじゃないですか?」と清家に迫る道上の質問は鋭い。

しかし、そのタイミングで鈴木が事故に巻き込まれる。原因は運転手の居眠り運転とされたが、この偶然にはやはり背後にある何かを想像せずにはいられない。

道上の調査はさらに進む。清家の論文について、3年生の時の課題と卒論では主張が一転し、ハヌッセンを批判していたという事実は興味深い。「清家くんの考えが変わったのは、彼女の影響かもしれない」という教授の言葉もあり、道上は清家の背後にいるのは鈴木だけではないのではないかと考え始める。さらに道上は、美恵子が鈴木を殺そうとしているのではないかという仮説を立てたのだった。

第2話のラスト。清家が道上との接触を完全に断った決断は、本当に清家自身の意思なのだろうか。それとも、彼の背後に潜む何者かの指示によるものなのか。「清家」という人形の表層には鈴木の影響が色濃く見える。しかし、そのさらに下から聞こえてくるのは、美恵子の高らかな笑い声なのかもしれない。

(文=すなくじら)

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