早期に全線復旧させSL文化を後世に伝えたい 楽しい鉄道で子どもたちを笑顔に 大鐵の新社長に鳥塚亮さん就任(静岡県島田市)【コラム】

プラザロコに展示される一畑軽便鉄道、住友セメント七尾工場のドイツ製SL「いずも」の前に立つ鳥塚社長。会見は約1時間におよびました(筆者撮影)

大井川鐵道(大鐵)の定時株主総会と取締役会が2024年6月28日に静岡県島田市の本社で開かれ、新しい代表取締役社長に鳥塚亮さんが就任しました。

本サイトのご覧の皆さまならご存じ、鳥塚さんは2009~2018年に千葉県のいすみ鉄道(い鉄)、2019~2024年に新潟県のえちごトキめき鉄道(トキ鉄)と第三セクター鉄道2社の経営トップを務め、い鉄ではキハ28やキハ52、トキ鉄では455系急行と、国鉄型車両の観光列車でファンの話題を集めました。

1976年から続くSL営業運転、2014年からはテレビから飛び出した「きかんしゃトーマス」で全国区になった大鐵ですが、2022年の台風で被災、現在も本線の一部区間で運休が続きます。鳥塚新社長はどんな手法で鉄道を再生させるのか? 新車投入はあるのか? 新金谷駅に隣接する鉄道ミュージアム・プラザロコでの就任会見を取材しました。

「大鐵を再生してほしい」

あらためて鳥塚新社長のプロフィール。2009年まで鉄道とは無縁で、大韓航空、ブリティッシュエアウェイズと航空業界を渡り歩き、い鉄の社長には公募で選ばれました。

鉄道を知る方は少々意外に感じたかもしれません、今回の大鐵社長就任。大鐵は1925年創業、2025年3月には100周年を迎えます。地域との関係性などもあり、外部人材による経営刷新には期待とともに一定のハードルもありそうです。

鳥塚さんと大鐵のつながりは、2023年11月に発生した連結器トラブルがきっかけ。機関車と客車の連結が外れる事案に、鳥塚さんは、い鉄での経験をアドバイスしたところ、2024年に入って大鐵の親会社からコンタクトがあったそうです。

長く名鉄グループだった大鐵は、2015年から北海道新ひだ町の投資会社・エクリプス日高の傘下に。同社から今春3月ごろ、「大鐵を再生してほしい」の依頼があり、経営トップを引き受けることにしたそうです。

台風の影響で2年近く区間運休

大鐵の現状は、本サイトのコラムやニュースでお伝えしてきました。金谷~千頭間39.5キロの本線は、2022年9月の台風15号で大規模被災。2022年12月に金谷~家山、2023年10月に家山~川根温泉笹間渡が部分開通したものの、川根温泉笹間渡~千頭間19.5キロは被害が大きく現在も不通。大鐵は自力での復旧は難しいと判断、公的支援を受けての運転再開を目指します。

部分運休の問題点。人気のSL列車、先頭にSL、反対側にEL(電気機関車)を連結しての運転です。現在の終点・川根温泉笹間渡にはSLの向きを変える転車台がないので、帰路はELけん引。SLによる往復運転は不可能です。

何より問題なのが、井川線への接続。本線の終点・千頭で接続する千頭~井川間25.5キロの井川線には、「湖上に浮かぶ駅」として有名な奥大井湖上駅など〝映えスポット〟が点在します。しかし、本線との接続がないため不便を強いられます。

「地域とWinWinの関係を」

近年、大規模災害から復活した地方ローカル線。例えば、熊本地震の南阿蘇鉄道(南鉄)には、多額の公費が投じられましたが、大鐵はそこまでの国や県の支援体制が固まっていないのが実情です。

折しも静岡県では、2024年5月の知事選で新任の鈴木康友知事が誕生したばかり。鳥塚社長は、「なるべく早くごあいさつにうかがい、地域とWinWinの関係を構築したい」と意欲をみせました。

「大鐵は全国区、鉄道文化を後世に」

ここまで少々硬めの話題が続きました。後半は、鳥塚新社長の大鐵や地方鉄道に託す思いを。本サイトをご覧の皆さまなら、共感していただける部分もあるはずです。

鉄道の役目といえば人やモノの輸送。しかし、道路交通が普及した現在、そうした考え方は発想転換を求められます。

「100年企業の大鐵にとって、創業当初の『輸送』という役割は既に終了しているかもしれません。しかし、『だから鉄道に存在価値がない』は早計。今は地方鉄道が必要か不要かの論争は一段落して、『今ある鉄道をどう活用して、活力ある地域づくりに生かすか』に論点が移っています」。

鳥塚新社長が思う鉄道の存在価値とは? 答えはある日、目にした祖父母・父母・子どもの3世代ファミリーの会話にありました。「昔はSLがトンネルに近付くと、あわてて列車の窓を閉めたんだよ」とおじいさん。子どもたちは、目を輝かせて話に聞き入ります。

大鐵なら話だけじゃない。トンネル直前での窓締めが実行できます。鳥塚社長は「SL運転などで鉄道文化を後世に伝えたい」と言葉に力を込め、取材陣からは「鉄道好きが伝わってきました」の感想も聞かれました。

鳥塚社長が一番の推しと明かしたC10 8。1930年製で大鐵のSLで最古参、国鉄引退後は岩手県宮古市のラサ工業宮子工場をへて、1997年10月から大鐵での営業運転に入りました(筆者撮影)

立地の良さにポテンシャルあり

鳥塚新社長が考える大鐵のポテンシャル(可能性)。東海道ラインという立地の良さ、新幹線が通っていて、空港(富士山静岡空港)や高速道路も至近です。

沿線からは富士山が展望でき、食の資源も豊富、さらに沿線は茶どころ。「イギリスや台湾といった、茶文化のある国に売り込みたい。静岡は伝統産業が盛んですが、観光としての掘り起こしはこれから。演出方法を工夫すれば、高価格帯のツアーも受け入れられる可能性は大きいはずです」。

キハ28や455系に続く〝新車〟は?

鳥塚社長アーカイブ・2013~2022年にいすみ鉄道の観光列車として定期運行されたキハ28。車内で特産のイセエビ料理を味わう「レストラン列車」などで人気を集めました(写真:いすみ鉄道)

ラストは、い鉄のキハやトキ鉄の455系登場の裏話。一般には鉄道ファンの鳥塚社長が、自分の好きな古い国鉄型車両を走らせたと考えられ、確かにそれも一理あるのですが、本当の狙いは少々違います。

「い鉄やトキ鉄で観光列車を走らせようと考えたら、車両が圧倒的に足りなかった。今は観光列車ブームですが、新製や改造では、お金も時間もかかります。スピーディーに導入でき、価格もリーズナブルな車両を探したら、国鉄の旧車に行き着きました」。

取材陣からは「大鐵での新しい車両は?」の質問も出ましたが、さすがそれはフライング。「車両基地を兼ねる新金谷駅構内には、多くの車両が留置されるので、使える車両や費用を精査して考えたい」の答えが帰ってきました。

ということで、鳥塚社長の手腕発揮は乞うご期待。経営者としての自らを「徹底した現場主義で、ことわざに例えれば、『石橋をたたく前に渡り始める』タイプ。地域振興に必要な人材は〝よそ者、若者、ばか者〟といわれますが、現在64歳、間もなく年金受給者という点を除けば、当てはまっていると思います」と自己分析しました。

記事:上里夏生

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