女児出産も「ベテラン看護師は泣き崩れた」 絶望の育児、アメリカ人夫に反発…つかんだ家族の幸せ

長男エイデンくん(右)と長女りりいちゃんに囲まれ笑顔のまりいちゃん【写真提供:ガードナー瑞穂さん】

妊娠中の親にとって、出産は待ち望んだ瞬間です。助産師に抱えられ、おぎゃーおぎゃーと泣く我が子の姿は、見ているだけで胸がいっぱいになります。ただ、赤ちゃんはすべてが健常に生まれてくるとは限りません。ガードナー瑞穂さん、アメリカ人夫のブルースさんは次女がダウン症と診断され、夫婦で幾多の壁を乗り越えてきました。そこには日米の価値観の違いによる衝突も……。詳しい話を聞きました。(取材・文=水沼一夫)

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第3子がダウン症と診断… 切り裂かれた父のプライド

ガードナーさんはブルースさんと日本で知り合い結婚後、ともにフロリダのウォルト・ディズニーワールド・リゾートに勤務。日本に戻り、3児をもうけました。長男エイデンくん、長女りりい(璃莉)ちゃんに続き、次女まりい(茉莉衣)ちゃんが誕生したのは2017年のことです。当時ガードナーさんは40歳。予定日より2日前に帝王切開で生まれましたが、分べん台の上で強い不安を覚えたと言います。

「横に置かれたときに首のあたりがむくんでいたんですよ。私はお腹を縫われながら、『あれ、おかしくないですか?』とずっと言っていました。先生や看護師さんは、『全然おかしくない』『かわいい、かわいい』と全否定。でも、なんかおかしいなと」

いつもと違うと感じていたのは、立ち会ったブルースさんも同じでした。

「上2人のときはすぐ抱っこさせてもらえたのに、まりいのときは抱っこさせてもらえなくて、新生児室のインキュベーター(保育器)に入れられている姿を見るだけだったから、なんか変だなと思いました」

ガードナーさんが抱っこできたのは転院前の一瞬だけ。医師に説明を求めても、回答は得られず、まりいちゃんは大きな病院で検査を受けることになりました。

不安が確信に代わったのは、ガードナーさんが移動のタクシーを待っていたときです。

「マタニティークリニックのベテランの看護師さんが、私の目の前で泣き崩れたんですよ。『エコーで気づけたのにごめんなさい』と言って、膝の上で泣き崩れて……。これは大事件だ、と思いました。いつも体重増えたら、すごく怒られていたのに、この人がこんなに泣くなんて」

まりいちゃんはダウン症と診断されます。NICU(新生児集中治療室)に入り、ベッドの上でチューブにつながれている子どもたちの中に、まりいちゃんがいました。ブルースさんは待望の対面にもどうしていいか分からず、手をそっとまりいちゃんのお腹の上に置きます。

「そしたらまりいが舌をべぇーって長く出してきて。どんどん長くなって。ヒンドゥー教にカリという神様がいて舌がワーっと長いんです。まりいはカリだと思いました」

ブルースさんは動揺を隠せませんでした。

「僕は自分の自尊心を切られたような気持ちでした。自分のプライドや父親であることを……。僕には1人の男の子がいる。僕には1人の女の子がいる。僕には1人の……あああああああ。うーん」

重苦しい空気の中、自問自答が続きます。

「価値観とは何か。何が重要なのか、何が本質なのか。それが粉々に切り裂かれました。カリは人の首を切ってネックレスにするのですが、まさに首を切られた瞬間のような気持ちでした」

NICUの看護師から「どうぞ抱っこしてください」と言われても、ブルースさんは心ここにあらずです。「エッ、抱っこしていいの?」。我に返り、「あ、自分の子どもだ」と認識。「それが、最初にまりいとつながった瞬間でした」

ガードナー瑞穂さん、ブルースさん(上段右から)、まりいちゃん、りりいちゃん(下段右から)【写真提供:ガードナー瑞穂さん】

「ダウン症ってバレるじゃないか」 本棚を蹴り上げ激高

一方、ブルースさん以上にショックを受けたのがガードナーさんです。

「私のほうが本当に情緒不安定。放心状態になって、ぼーっと立っているときもあるし、人生の価値観が大地震でぐちゃぐちゃになったかのようでした」

感情の行く手を遮られ、看護師に八つ当たり。ブルースさんが「僕はまりいより、あなたを心配していた」と述懐するほどの混乱ぶりでした。

「合併症はなく、夫はそれだったら大丈夫だと思ったのですが、私は無知だからパニックです。白血病になる可能性、寿命が短い可能性、うまくいったら10歳ぐらいの知的レベルになれるかなとか、全ての可能性をわーっと言われるわけで」。子どもの将来を考えれば考えるほど、絶望的な気持ちになりました。

ただ、ブルースさんは早期にダウン症であることを受け入れました。「僕はエイデン、りりいのために働かないといけない。彼らは、食べて、寝て、学校に行く普通のルーティンがある。あんまりこれに、落ち込んではいけないと思いました」。対するガードナーさんは気持ちを切り替えることができません。ガードナーさんはまりいちゃんが2歳半になるまで、外で「かわいいですね」と声をかけられると、「この子はダウン症なんです」と返していました。

「自分の中でバランスが取れていませんでした。不安定でした。それを夫にやめろと言われたんですけど、言わないと帰れない。相手はびっくりするわけですよ。言われたほうも試される。『優しい子になるんですね』と言ったり、『人生いろいろありますね』と言ったり。それを別に何とも思わず、帰っていくというのを何回も繰り返していました」

「妻はほめ言葉を受け入れることができなかったのです」とブルースさんは振り返ります。

国籍の異なる夫との間で、価値観の違いを巡り、衝突したこともありました。

ブルースさんが、「まりいの写真をフェイスブックに載せたい」と相談すると、ガードナーさんは本棚を蹴り上げ激しく怒りました。「ダウン症ってバレるじゃないか。家族だけだったらいいけど、何千人くらい友達いるよね? 私はセレブじゃないんだ。私のプライベートは私のものだ!」。ダウン症児であっても家族の一員として受け入れたいブルースさんに対し、親しい人たちに公にしたくなかったガードナーさん。その溝はなかなか埋まりませんでした。

「私は優しくなりました」とガードナーさん【写真提供:東京ニュース通信社】

「無理無理ダウン症の子は」→「いや、いけるいける」

消極的な姿勢だったのは、ガードナーさんだけではありません。ガードナーさんの母は長年自身の姉にさえ話していなかったとガードナーさんは言います。23年9月、まりいちゃんのことがテレビ放送されると、初めてまりいちゃんがダウン症であることを知った親戚もいました。生まれてから6年がたとうとしていました。

「田舎では、いまだに障がいの子の話をすると、あの子は連れてくるなと言われるところがあります。『おじいさんが亡くなったけど、葬式にはあの子は連れてくるな』と。だから障がいの子を持つママの中には、日にちをずらして、おじいちゃんにさよならを言った人もいます」(ガードナーさん)

このような風習や考え方がまだ日本に残っていることに、ブルースさんは「本当に信じられない。ありえない。とても痛々しい」。日本人の「悪い癖」だと非難しました。

ガードナーさんはどのように、前を向くようになったのでしょうか。大きなきっかけになったのが、つらい体験を共有してくれる人の存在でした。

ダウン症であることを話すと、同じマンションに住んでいるイラン人女性は、彼女が3番目の赤ちゃんを死産したことを告白。また、清掃員の女性は一番下の息子が自殺未遂を起こし、半身不随になっていることを教えてくれました。ガードナーさんはあふれる涙を抑えることができませんでした。

「生まれたときは『エッ、そんな……。私は健常の子どもを育てるママなんだ。いや無理無理ダウン症の子は』と受け入れられなかったけれど、だんだん『いや、いけるいける』に変わり、最後は『私じゃないといけないんじゃないか』ぐらい受け入れた」。ブルースさんのサポートを受けつつ、意識はがらりと変わっていきました。

今年3月、まりいちゃんを育てた記録を1冊の本にまとめた

ガードナーさん「パーフェクトじゃないところを責めない」

さまざまな壁を乗り越え、まりいちゃんは現在、支援学校に通っています。

「最初バスに乗るのも大丈夫かなと思っていましたが、1日目から普通に乗って『行ってきます』という感じでした」とガードナーさん。給食も2回おかわりする日もあるなど、元気いっぱいです。

まな娘の成長した姿に、ブルースさんは感無量です。「すごく感動しています。まりいは完璧じゃないけど、話そうとしている。幼稚園のときより成長している。彼女の理解を広げて、コミュニケーションを取ろうと努力しています」。ガードナーさんは、「まりいちゃんが何か言おうとして、こっちが分からないと、ため息つくんです。『ハァ、ダメだなこいつらは』みたいな笑」と穏やかな日常を思い浮かべました。

ダウン症児を育ててきた経験を少しでも知ってもらおうと、今年3月、『ダウン症それがどうした!?と思えるママになるための100のステップ~まりいちゃんが教えてくれたこと』(発行:東京ニュース通信社 発売:講談社)を出版。自身のSNSを通しても、情報を発信しています。

「私は優しくなりました。長男と長女が棒を持って道で闘っていると、すぐにダメ! って怒っていたのが、まりいちゃんが生まれて、棒で闘うのもいいかもね、みたいになって(笑)。パーフェクトじゃないところを責めないで、それで大丈夫だ、そう思えるようになりました」

寛容になったのは、小学校で教師をしているブルースさんも同じです。「いつも怒っているけど、大丈夫。ああ、そんなに悪い子だ。でも、僕はあなたを愛している。そう、ただの子どもだ。大好きだよって切り替えるようになりました」とうなずきました。

子どもたちに囲まれ幸せいっぱいのブルースさん【写真提供:ガードナー瑞穂さん】

ブルースさんの“宝物”…元仏大統領の写真に込められた意味

まりいちゃんのおかげで、ダウン症に対する興味も広がっています。

「いろんな国のダウン症の家族に会いに行きたいですね。フィリピンの人に話したときには(ダウン症児は)神様みたいに扱われてるよとか、中国は療育がすごくいいよという話も聞きました」と、ガードナーさんは笑顔。ブルースさんはフランスの元大統領シャルル・ド・ゴールの写真をコピーし、“宝物”として持ち歩いています。膝の上にはダウン症の次女アンヌの姿がありました。

「彼はいつも怖い人だったけど、この一番下の娘の前にいるときは、すごく優しい人だった。この時代、このくらいのお金持ちだったら、自分で育てないで施設に入れてしまうのが普通だったけれど、彼はそのようにはしなかった」。歴史の偉人から学ぶ、向き合い方。「とても面白いです。時間があればずっとこれを勉強していたいんだけど、僕はお金を稼がないといけないから」と自嘲しました。

ガードナーさんはまりいちゃんが生まれたとき、ニュージーランド人のママから言われた言葉を思い出します。

「あなたとまりいちゃんは開拓者にならないといけないよね」

ダウン症、そして父がアメリカ人というバックグラウンドもあり、特別な個性があるという意味が込められていました。

「だから荒地をガガガガガと。例えばダウン症の人のインスタって、こんな療育がおすすめです、みたいな真面目なものが多いけれど、そっちじゃないんだろうなと思って。逆にダウン症のコミュニティーから出て、『ダウン症なんだ、この子』(と思われる)ぐらいでいいのかなと」

まりいちゃんの誕生により、深まった家族の絆。たどり着いた幸せ。その道はなおもかけがえなのない未来へと続いていきます。

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