高齢者の生活度を左右する「デジタル適応力」…最新調査結果を原田曜平氏が分析

原田曜平氏(C)日刊ゲンダイ

平均寿命は男女とも80歳を超え、高齢化が進んでいる。高齢者は、いかに孤立せず、元気に暮らすか。そのためには健康度がカギを握ると考えられていたが、意外な調査結果が明らかになった。高齢者は、健康や資産、人間関係などいずれの点においても、デジタル力が左右するという。

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65歳以上の人口は3623万人で、全体の3割近い。そのうち75歳以上は2000万人を超えている。高齢者は今後、さらに増加。国立社会保障・人口問題研究所によると、第2次ベビーブーム期(1971~74年)に生まれた団塊ジュニア世代が65歳以上になる2040年には35%、45年には36%にハネ上がると推計される。

経済として高齢者の市場規模は右肩上がりだ。ところが、その分析はあまり進んでいなかったという。

「2000年代前半、高齢者はアクティブシニアとしてとらえられていました。シニアは仕事や趣味に活発で、夏休みなどにはクルーズ船をはじめ海外旅行などに奮発するイメージです。それで、アクティブシニアをキーワードとしたマーケティング戦略があちこちで練られましたが、期待したほど消費は伸びませんでした。確かに一部にはそういうシニアもいましたが、全体としては分析が甘かったのです」

こう言うのは、芝浦工大デザイン工学部教授の原田曜平氏だ。博報堂などでマーケティングアナリストとして活躍し、若者を中心とした世代分析に定評がある。そんなマーケティングのプロが高齢者分析に気持ちが大きく傾いたのは、父の異変に直面したためだったという。

「父は仕事を辞めた後もパソコンで調べておいしいものを食べに出かけたり、メールで仲間と連絡をとって出かけたりして消費意欲が旺盛でした。ところが、2021年に新型コロナウイルスのワクチン接種で副反応が強く出て衰弱し、パソコンを使えなくなってから交友範囲も生活も狭くなって、認知症が進んでしまったのです。元気だったからデジタルを使いこなせたのか。デジタルを使いこなせたから元気だったのか。どちらか分かりませんが、高齢者とデジタルの関係に強い関心が芽生えたのです」

高齢者の姿は、これまで健康や経済力を軸に語られることが多かった。心身ともに健康な人ほど仲間と交流する。経済力の欠如は孤立につながるといった具合だが、いずれにしても高齢者全体をひとくくりにして論じられていた。

■PC、スマホ保有者ほど自立し健康

そこで原田氏は60代、70代、80代以上の年代別にそれぞれ自立と非自立(要介護、要支援認定者)に分け、ウェブアンケートと家族や介護スタッフによる聞き取り調査の2つを駆使して高齢者の実態に迫った(総数640人、内訳は表参照)。その結果、デジタルの適応力が高齢者の生活ぶりを大きく左右することが明らかになったという。そのデータをもとに高齢者のマーケティング戦略を解説したのが、新刊「『シニア』でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル」(日経BP)だ。どういうことか。原田氏に聞いた。

まず調査結果から分かった基礎的な情報として高齢者が定期的に接する人の数は平均9.5人。平均より少ないのは、「80代以上」「可処分所得ナシ」だから、年をとるほど、経済力が弱いほど人づき合いが減るのは従来のイメージ通りだ。一方、平均を上回るのは、高齢者の中でも若い「60代」「可処分所得アリ」でこれも想定内か。特筆すべきはデジタルの要素だ。

「『PC保有』『スマホ保有』のグループの方が人間関係の数が多く、いわゆる“デジタル高齢者”の方が人づき合いが幅広い傾向が浮かび上がったのです。外出頻度についても、平均を上回ったのは『60代』『男性』『自立』に加え、『PC保有』『スマホ保有』でした」

PCやスマホにとらわれていると、ともすると生活が内向きになりそうに思えるが、データが示した事実はむしろ逆だった。

「自立と非自立で分けた場合、PCやスマホを所有しているグループは、自立している傾向が高かった。つまり、“デジタル高齢者”ほど健康である傾向が読み取れるのです」

“デジタル高齢者”は、SNSなどで子供や孫と連絡をとったり、仲間と出かけたりするから、デジタルが苦手な高齢者より活動的になりやすい。それが巡り巡って健康度を上げ、自立に結びつくという。

今回の高齢者の中で「可処分所得アリ」は、全体の6割。その属性を掘り下げると、突出して高かったのが「PC保有」(84.5%)、「スマホ保有」(76.3%)だったのだ。「自立」「配偶者のみ」「子供と同居」は60%台半ばだから、圧倒していた。

原田氏は幅広く分析することで高齢者の実態をあぶり出し、“デジタル高齢者”の優位性を導き出す。高齢者にとって課題となる「孤独」や「退屈」も、“デジタル高齢者”は解消されている傾向がうかがえたという。

「高齢者にとって一番の問題は、“デジタルの壁”だと分かりました。そこを乗り越えたところに、高齢者の『幸せ』があるのです」

具体的なPR戦略の違いは?

調査結果を踏まえて原田氏は、高齢者の特徴を8つに分類している。

①健康意識が高く、レジャーを楽しむ「引退人生謳歌おじ」

②社会貢献意欲の高い「ボランティアおじ」

③ミーハーで美容意識の高い「生涯アクティブウーマン」

④介護の合間にメディアで息抜き「老老介護者」

⑤孫が唯一の楽しみ、LINEで家族とつながる「世代間デジタル」

⑥家族に依存し家族消費を行う「家族経由デジタル」

⑦低意欲・少コミュニティー「孤独デジタル難民」

⑧介護施設で生活が完結する「非自立デジタル難民」

それぞれの詳細は著書に譲るが、こうしてみると一口に高齢者といってもそのイメージはかなり違う。①~⑤がPCやスマホを保有する“デジタル高齢者”で、⑥~⑧がデジタル難民になる。2000年代前半にマーケティング戦略として「アクティブシニア」が失敗したのは、これらをひとくくりにしたためだという。

前述した通り高齢者人口はこの先も拡大し、高齢者市場も膨張する。その攻略は今後、企業の業績を左右する大きなテーマだろう。

「『引退人生謳歌おじ』も『ボランティアおじ』もデジタル適応力が高いのは共通していますが、可処分所得の違いから消費行動はまったく違います。片や旅行やゴルフを思い切り楽しむのに対して、片やボランティアを主宰したりメンバーとして加わったり。こうしたデータを踏まえて企業が広告を打つなら、前者の高齢者には『生涯レジャー』を訴求すると効果的で、後者には『売り上げの一部を難民に寄付』といった施策が響く可能性があります。『ボランティアおじ』は可処分所得が低いため、『友人や家族の購入で割引』というPRも目を引くはずです」

顧客となっている高齢者が、どんな属性を持っているのか。それによって①~⑧のどれに該当するかが分かれば、おのずと企業の戦略も変わってくるだろう。

「現役世代にはそういう分析が細かく行われていますが、高齢者はほとんど手つかずでした。今後、高齢者市場の開拓を目指す企業は、高齢者のデジタル適応力によって特徴を分析すると、戦略の糸口が見えてくるはずです」

その開拓戦略が実を結べば、ライバルに差をつけるチャンス。要チェックだ。

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