夏休みの移動はエコノミークラス症候群に要注意 わずか3時間の“缶詰め状態”が致死的な血栓を生む

息苦しさはひょっとして…

「パーマン」や「あさりちゃん」といえば、昭和世代にはおなじみのマンガだ。そんな国民的作品のアニメで声優を担当した三輪勝恵さんが亡くなった。享年80。その命を奪った急性肺塞栓症は、高齢化や多発する災害現場などでよく耳にする。年齢を問わず侮れない病気だという。

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三輪さんの所属事務所によると、亡くなったのは先月19日。遺族の意向で通夜、告別式は家族葬で行われたという。今月1日に公表された訃報を受けて人気マンガ「ワンパンマン」などで作画を担当する村田雄介氏は2日、自らのXに「初めて触れたスーパーヒーローの物語だったと思う。合掌。」とパーマン1号とみられるイラストを添えて三輪さんを追悼した。いま描く作品の原点に「パーマン」があったのだろうか。

実は急性肺塞栓症は、このところ要注意の病気といえる。昨年12月31日には女優の中村メイコさん(享年89)が、2016年には俳優の根津甚八さん(享年69)が、この病気で命を落としている。窮屈な生活を余儀なくされる被災地でも発症しやすいことが分かっていて、災害関連死を押し上げる要因でもあることから、多発する災害現場でも要注意なのだ。

「動かずにじっとしている状態が長く続くと、脚の静脈に血栓ができることがあります。動き始めたときに、その血栓が血流に乗って心臓を経由して肺の血管を詰まらせるのが肺塞栓症です。肺塞栓症を起こしたときの症状は血栓の大きさが関係します。一般には、呼吸困難や息切れ、胸の痛みなどですが、小さければ無症状だったり、『あれ?』と思っているうちに消えたりすることも珍しくありません。ところが、血栓が大きいと、一気に重症化。失神して死に至ることもあります。それが急性肺塞栓症です」

こう言うのは、「米山医院」院長で作家の米山公啓氏だ。万が一のときせめて血栓が小さければいいが、自分としてはどうしようもない。根本として肺塞栓症を起こさないようにすることが大切だろう。では、どうすればいいか。米山氏に詳しく聞いた。

動かなくなることで静脈の血流がよどみ、血栓ができる。理屈は分かるが、血栓ができるまでの時間はどの程度か。

「条件によっては、数時間で血栓ができることもあります」

■国内フライトなら羽田-石垣島の移動に相当

「そんな短時間で」と驚く人もいるだろう。何と血栓はわずか3時間ほどで生じる可能性もあるのだ。この病気を日本中に広く知らしめたニュースが2002年に報じられた。サッカー日本代表の高原直泰選手が肺塞栓を発症し、代表から外れている。その後、報じられた発症までの経緯は、以下の通り。

ポーランドでの代表戦を終えると、フランス経由で日本に帰国。そのフランス行きの機内はかなり狭く、荷物を足元に置いて窮屈だった。フランス到着までの3時間で、高原選手の場合は股関節の静脈に血栓ができてしまったという。

3時間のフライトは国内旅行なら羽田-石垣島の移動に相当する。新幹線のぞみだと、東京-岡山がそれくらいで、国内旅行での“缶詰め状態”でも致死的血栓ができる可能性がある。より時間がかかる海外旅行はなおさらだろう。

その高原選手はフランスの空港に着いたとき、股関節の血栓が肺に飛んだのか、左の胸の痛みを感じながらも受診するほどではなく、飛行機を乗り継いで帰国。その後、Jリーグで2試合に出場後、夜中の激痛をキッカケに肺塞栓症と診断されている。

当時の高原選手といえば、アルゼンチンからJリーグに復帰した年で、MVPと得点王を獲得。だれもが認めるトップ選手の一人だった。しかも23歳の若さ。試合や練習で常に走り回るトップアスリートでも、たった3時間の窮屈生活が血栓を招くのだ。改めてその事実を知ると、ちょっと怖くなる。

「窮屈な場所の典型が飛行機のエコノミークラスで、長距離路線でじっとしていると到着した空港で肺塞栓症を起こすことがあるため、この病気はエコノミークラス症候群ともいわれます」

「トイレ問題」と「飲酒」が脱水を助長してしまう

高原選手のケースはその通りだが、リスクが高い場所はほかにもあるという。

「電車は、飛行機のエコノミークラスよりゆったりしているとはいえ、窓側の席で降りるまでじっとしているのはよくありません。地震や水害などの被災地では、避難所や車中泊も同様です」

新潟大医歯学総合研究科特任教授の榛沢和彦氏は2004年に発生した新潟県中越地震で被災者を診察したところ、車中泊をしていた人のうち3割に血栓が見つかったと報告している。以来、車中泊の危険性が認識されるようになり、能登半島地震でも肺塞栓症が災害関連死のリスクだ。

動かないことのほかにも、血栓をできやすくする要因がある。

「脱水です。避難所生活では、トイレが不足するため、トイレを控えようと水を飲まないようにするため、脱水しやすい。脱水した状態で、何もすることがないからとじっとしていると、血流が悪くなって、血栓ができやすい。『動かない』と『脱水』が重なるのは、とても危険です」

高原選手はその後、代表戦後の水分補給が不十分で、窮屈な状況が重なった。そのダブルパンチがよくなかったと報じられた。その点で、飛行機や電車の窓側に座った人が、通路側の人を気にして水分摂取を控えてトイレを我慢するのも、同様に肺塞栓症のリスクを高めることになる。

「脱水という意味では、アルコールには脱水作用がありますから、お酒をたくさん飲んでから動かない状況を続けるのは、肺塞栓症の危険性がアップします」

昨年亡くなった中村メイコさんは、12月25日にテレビ番組の収録に臨んでいた。息を引き取るまでの6日間の詳細は不明だが、生前は仕事を控えていたわけではない。同じ年の8月には本紙コラム「生きるクスリ」に登場。「私にとってのエネルギー源はお酒ですね。(スコッチの)オンザロックにちょっとお水を入れ、毎日7、8杯は飲みます」と元気エピソードを披露していた。正月休みに一年の疲れを癒やそうと、大好きなスコッチを飲みながらゆっくりしているうちの“悲劇”だったのか。

■座り続けないことが肝心

こうしてみると、肺塞栓症の発症は60~70代がピークで、男女別では女性に多いが、条件次第で年齢も性別も問わずに起こり得ることが分かるだろう。「動かない」「脱水」が2大リスクで、「脱水」を招く要素として「トイレ問題」や「飲酒」も含めて、これらの要素が重なりそうな状況はとにかく避けることが、肺塞栓症の予防には重要だ。ほかに気をつけることはないか。

「まず妊娠した女性は血液が固まりやすくなる状態になることがある上、運動も少なくなりがちで要注意です。もうひとつは糖尿病や高血圧などの生活習慣病があって動脈硬化を起こしていると、静脈でも血栓ができやすいと考えられます。また、がんも血液が固まりやすい。こうした人は、持病の治療を受けながら、こまめに体を動かすことです」

脚の筋肉は心臓に次ぐ第2のポンプといわれ、静脈の血液は脚を動かすことで流れがよくなる。体を動かすのは、散歩やジョギングといったスポーツではなく、掃除や料理など屋内の作業でも十分。「座り続けないことが肝心です」という。

万が一、肺塞栓症を起こしたら、血栓を溶かしたり、血を固まりにくくしたりする治療が必要だが、急性肺塞栓症を起こした人のうち5割近くは治療して1年後も血栓が溶け切らずに残っているという報告もある。3割は生涯にわたって再発予防の治療が欠かせないとされる。

だれでも発症する厄介な病気だけに、これから夏休みに飛行機や新幹線などに乗るときは、こまめに水分補給しながら、ためらわずトイレに行って脚を動かそう。

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