スペイン代表デ・ラ・フエンテ監督のドイツ戦での緻密な奇策【ユーロ2024】

ルイス・デ・ラ・フエンテ監督 写真:Getty Images

日本時間7月6日にドイツ、シュトゥットガルトのMHPアレーナで、UEFA欧州選手権(ユーロ2024)準々決勝スペイン代表対ドイツ代表の試合が行われた。延長戦の末2-1で勝利したスペインは、立ち上がりから先制点を決める51分まで優勢に試合を進めた。

スタジアムは一角に赤色のエリアも見られたが、大半が真っ白なドイツカラーで、スペインにとっては完全なアウェーだ。しかし、このような状況で、なぜスペインは試合の主導権を握ることができたのだろうか。そこには、スペインのルイス・デ・ラ・フエンテ監督の緻密な策略があった。

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スペイン代表 写真:Getty Images

メンバーが同じなのにシステムを変更

スペインのデ・ラ・フエンテ監督の緻密な策略。1つ目は、メンバーが同じなのにシステムを変更したことである。準々決勝ドイツ戦において、ラウンド16ジョージア戦(4-1)と全く同じスターティングメンバーで臨んだスペイン。グループステージも基本的に布陣は【4-3-3】のため、ドイツは想定がしやすいと思っていたはずだ。

しかし試合が始まると、これまでの【4-3-3】ではなく【4-2-3-1】に変更されていたのである。ドイツは前の試合から2選手が入れ替わったが、これまで通り【4-2-3-1】だった。

もしスペインが【4-3-3】のままだと、ドイツの布陣とピッタリはまってマークされやすくなる。そこで、中央のトライアングルを反転させて、スペースを作り出したと読み解ける。

ジョージア戦では中盤の底をMFロドリ(マンチェスター・シティ)の1枚とし、右にMFペドリ(バルセロナ)、左にMFファビアン・ルイス(PSG)とした。一方、ドイツ戦では守備的MFをロドリとファビアン・ルイスの2枚にして、攻撃的MFをペドリの1枚にした。守備をするならば相手が近いのは好都合だが、攻撃を主体に考えると相手が近いのは不都合だ。スペインは中盤の中央で攻撃を組み立てることを意図した。

また、両ウィンガーだったFWラミン・ヤマル(バルセロナ)とFWニコ・ウィリアムズ(アスレティック・ビルバオ)をこれまでの前線より低い中盤の位置に下げ、アウトサイドMFとしてプレーさせた。これにより、攻撃時に相手ディフェンスラインとの間にスペースが生まれて、前を向いてプレーがしやすくなる。

さらに、スペインはそれまでかなり攻撃的にプレーしてきたが、強豪ドイツをリスペクトしてサイドの後方スペースを埋めて、守備の比重を増したという意味あいもあるだろう。

ドイツがどの段階でスペインの布陣を知ったかは定かではないが、うまく対応できていなかったことは明らかで、ハーフタイムに中盤の選手を2枚入れ替えている。この誤算が、あとあと延長戦に入るとボディブローのように効いてくるのである。

事実上の決勝戦ともいえる大一番で、スペインはサプライズを起こしてドイツのゲームプランを狂わせることに成功した。

ルイス・デ・ラ・フエンテ監督 写真:Getty Images

苦境で勇気づけるモチベーター

同試合、スペインは1点を守りきって逃げ切りを図ったが、ドイツが後半終了間際に追いついたのはホームの意地と実力あってこそだ。しかし、気持ちが落ち込みそうなスペインの選手たちをデ・ラ・フエンテ監督は盛んに勇気づけていた。逃げ切りに失敗したことを引きずってしまうと、逆に気持ちが高ぶっている相手にすぐに2失点目を喫してしまうからだ。モチベーターとしても、同監督はさすがだった。

追いつくことに労力を使ったドイツは延長戦が進むにつれて打つ手がなくなったが、立ち上がりから優勢に進めていたスペインはまだ余力を残していた。ここが、勝負の分かれ目となった。スペイン陣営が狙った通り、試合開始からチャンスをつくった。負傷退場は誤算だが、その選手交代もドンピシャ。順調にゲームを進めて、2得点はともに途中出場選手が決めた。

策士デ・ラ・フエンテの采配が冴え渡った試合といっていいだろう。


ラミン・ヤマル 写真:Getty Images

アシストしたヤマルの交代

ラミン・ヤマルは同試合でスペインの先制点をアシストした。しかし、早々に63分にFWフェラン・トーレス(バルセロナ)と交代でピッチを退いたのはなぜなのかと思うかもしれない。デ・ラ・フエンテ監督の意図はここにも働いている。

スペインの得点をアシストした時あれだけ喜んでいたヤマルは、交代時うつむき加減でゆっくり歩きながら、顔を横に振り目に涙を浮かべていた。大事な試合で、ここから佳境を迎えるという場面でお役御免になってしまった。初めての大きな国際大会の舞台に立ったばかりの16歳の少年なのだから仕方ない。

しかし「アシストしたのに」ではなく「アシストしたから」交代したのだ。スペインが得点したことで、ドイツの攻撃の圧力が増してきた。そしてヤマルのサイドが決壊し始めたのだ。ヤマルは攻撃が特徴の選手であって、守備に求められるフィジカルはまだ発展途上だ。しかも、後半で疲れが出始めている。

交代で出場したトーレスは右サイドで身体を張って守備を行った。74分には突破を試みたドイツのFWジャマル・ムシアラ(バイエルン・ミュンヘン)を両腕で抱え込むようにタックルしてイエローカードを提示された。しっかりと仕事を理解している。

トーレス投入時のデ・ラ・フエンテ監督の意図は守備だ。「体を張ってサイドを守りきれ」という指示が出ていたに違いない。ヤマルは大活躍だったが、スペインが守りに転じたため、戦術的理由で交代になったのである。同様に左サイドが破られはじめると、80分に左アウトサイドMFのウィリアムズも交代になった。

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