スイス発の「重力蓄電」 初の商用化は中国で実現

ブロックの上げ下げでエネルギーの貯蔵と放出を行うスイス発の「重力蓄電」システムが、世界で初めて実用化された。記念すべき第1基が作られたのは、世界最大の二酸化炭素(CO₂)排出国・中国だ。

その人目を引く大きなビルにはドアも窓もない。中には1つ25トンの巨大ブロックが積み上がる。その数3500個。クレーンのような運搬線路とリフトがブロックを上下・左右に動かす姿は、まるで3次元の最新型テトリスのようだ。これは新しい住宅構想ではない。重力を利用してエネルギーを貯蔵・放出する「蓄電池」だ。

この「重力蓄電」はスイスで生まれた。2018年に発明され、開発と試作システムの実験もスイスで行われてきた。そして2023年12月、中国・江蘇省南通市の如東県で初めて実際にグリッド(送電網)につなげられた。

重力蓄電を開発した再生エネルギー企業「エナジー・ボールト」のロバート・ピコーニ最高経営責任者(CEO)は「(この事業を)始めた頃は、最初の実用システムが中国に建設されるとは思っていなかった」と話す。同社は2018年にスイス南部・ティチーノで設立された新興企業で、現在は米カリフォルニアに本社を置く。

世界最大のCO排出国である中国にとって、脱炭素化は喫緊に推し進めるべき最重要課題だ。同国の環境・エネルギー政策では特にエネルギー貯蔵に重点が置かれている。それがエナジー・ボールトにとって追い風となった。次の蓄電システムも建設が進んでいる。「気候危機問題の解決に貢献したい」とピコーニ氏は意気込む。

蓄電はエネルギー転換の重要な要素の1つだ。適切に貯蔵できれば、太陽光や風力で生産した電力の余剰分を必要な時に適宜利用できるようになり、供給が不安定という再生可能エネルギーの欠点を補える。グリッドの安定化にも役立つ。解決すべき課題は、①レアメタルなどの資源を消費せず②持続可能なコストで運用できる効率的な電池を開発することだ。

水の代わりにブロック

重力蓄電の利点は、①大量のエネルギーを貯蔵でき②経年劣化せず③貯蔵容量が変化(減少)しないことだ。スマートフォンなどで使われている電池は電気化学反応を使ったもので、②や③が課題となっている。

重力蓄電は物体の位置エネルギーを利用する点で、揚水ポンプ式の水力発電所(揚水発電所)と基本的に同じ仕組みだ。国際水力発電協会(IHA)によれば、揚水発電所の貯蔵容量は世界の全容量の94%を占める。

エナジー・ボールトの重力蓄電の場合は、水の代わりにコンクリートや廃棄物から作られるブロックを利用する。

太陽光や風力などからの再生可能エネルギーの生産量は、例えば夏場は太陽光発電量が多くなるなど、天候や季節に左右される。発電量が需要を上回った場合、重力蓄電システムでは、その余剰エネルギーを使ってブロックをビルの上層階に引き上げ、電力エネルギーを位置エネルギーに変換し貯蔵する。

電力需要が高まると、制御されたスピードでブロックを下層階または地上まで落としながら発電機を動かし、位置エネルギーを電力エネルギーに変換する。ブロックの上げ下げのプロセスは電力需要に合わせて最適化される。この最適化を行うソフトウェアこそが、エナジー・ボールトの革新的システムの要だ。

中国に導入された初の商用システムは、風力発電所の隣に建設された。蓄電容量は100メガワット時。100%「充電」されれば、約4600台の電気自動車が100キロメートル走行するのに必要な電力を供給できる。

≫ ☟のイメージ動画では、エナジー・ボールトの重力電池の仕組みを紹介している。

中国を救う「革命的技術」

エナジー・ボールトによれば、如東に建設された同社の重力蓄電システムは、中国国家エネルギー局により「新エネルギー貯蔵実証実験事業」の1つに位置付けられている。

建設は、米・中のエネルギー企業「アトラス・リニューアブル」と「中国天楹(China Tianying、 CNTY)」が担った。中国天楹は廃棄物発電を先導する企業であり、重力蓄電システムに使うブロックを廃棄物や石炭灰(石炭の燃焼時に生じる副産物)から生産している。同社はエナジー・ボールトに1億ドル(約157億円)を投じた。

中国天楹のヤン・シェンジュン社長は、エナジー・ボールトの「革命的技術」は化石燃料から太陽光・風力への移行を促進し、中国のエネルギー転換を加速させるだろうと主張する。米フォーブス誌の記事によれば、中国の意思決定機関は、同建設事業が地元の原材料と労働力により実施されており、かつ35年以上の運用が見込める同社の資金力を高く評価している。

中国では現在、同様のエネルギー貯蔵施設3基を建設中、6基を計画中だ。全システムが稼働すれば、蓄電容量の総和は3700メガワット時になる予定だという。

エナジー・ボールトのピコーニ氏は、重力蓄電システムの規模が大きくなればコストを削減できるだろうと話す。如東の施設建設には蓄電容量1キロワット時につき約500ドルの設置費用が掛かったが、将来はこれよりも少なくとも3割は減らせると見込む。

有望だが信頼性の検証はこれから

北京のスマートグリッド研究所のウェンシェン・トン研究員は、重力蓄電の技術は中国の気候変動対策の目標達成に「重要な役割」を果たすと考えている。中国は、2030年までに排出量を減少傾向に転じさせ、2060年までに気候中立を実現させることを目標に掲げる。

エナジー・ボールトの重力蓄電市システムは気候・地理的条件を問わず、ほぼどのような場所にも設置できる。設備はシンプルな上、エネルギー効率は揚水発電所(80〜85%)とほぼ同じであり「費用対効果は高い」とトン氏は言う。

一方、大規模な発電所の経済効果と中国の既存グリッドとの適合性については検証が必要だとし「効率性と信頼性の検証には、更に調査と実地実験を重ねる必要がある」と強調した。

中長期サイクルでの利用が最適

重力蓄電の技術には、エナジー・ボールトの方法以外にも、傾斜面や地下施設を使ったものなどがある。例えば、カナダの再生エネルギー企業「グラヴィトリシティー」は、廃坑を利用した世界初の重力蓄電の実験施設をフィンランドで建設中だ。

オーストリア・ラクセンブルクの国際応用システム分析研究所(IIASA)のジュリアン・ハント研究員は、重力蓄電の最大の利点はエネルギー貯蔵コストが低いことであり、欠点はブロックなどの重りの操作に比較的多くの電力を要することだと指摘する。

「そのため、重力蓄電は週・月・季節毎の(中長期の)サイクルで貯蔵・放出しないと採算が合わない」と同氏はswissinfo.chにメールで回答した。12時間未満の短いサイクルの場合は、化学電池の方がより実用的かつ安価だ。

中国で稼働中のエナジー・ボールトの重力蓄電システムは、当局とグリッド運用担当の要請により、4時間毎に貯蔵・放出する。より長いサイクルでの運用も技術的には可能だが、放出される電力量は低下する。

欧州にも?

エナジー・ボールトのピコーニ氏も、重力蓄電はより長いサイクルで利用すべきとの指摘には同意する。だが中長期サイクルの需要は現段階ではまだ少なく、「今後、グリッドに接続される再生可能エネルギー発電所が増えれば、中長期タイプの需要も増すだろう」と予想する。

同社の重力蓄電の導入先は中国だけではない。現在、米国、アフリカ南部、オーストラリアでも同様の事業が進行中だ。

欧州にも広がる可能性がある。候補の1つは、新たな風力発電所や大規模な太陽光発電所の建設が進むスペインやイタリアなど。「ドイツや東欧諸国」(ピコーニ氏)など石炭利用を終了しつつある国も、廃棄物(灰)から重力蓄電用のブロックを生産できる可能性があり有望株だ。

風力・太陽光発電所と同様に、重力蓄電のビルも景観を損ねるなどの理由から地元住民に反対される可能性はある。それを乗り越えられれば、導入が広がる可能性は十分にありそうだ。

英語からの翻訳:佐藤寛子、校正:ムートゥ朋子

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