『クロウ/飛翔伝説』若き才能と悲劇が創った伝説のアメコミ映画

『クロウ/飛翔伝説』あらすじ

近未来のデトロイト。ハロウィンの前日にあたる10月30日の夜は「悪魔の夜」と呼ばれ、無法者たちが破壊と暴虐の限りを尽くしていた。ある年の10月30日、ロック・ミュージシャンのエリックと婚約者シェリーが、犯罪王トップ・ダラーの一味によって惨殺されてしまう。それから1年後。死者の魂を冥界へ導くカラスがエリックの墓をつつき、彼を死から呼び戻す。人間界に蘇ったエリックは、自分とシェリーを殺した一味への壮絶な復讐を開始する…。

二度とできない、二度とあってはいけない伝説


世の中には再現性がない映画が存在する。時代背景、作り手の事情、その他もろもろの理由によって、たとえ同じメンバーが集まって同じ条件を用意しても、なんなら以前より良い製作環境を整えても、もう二度と作れない。そういう映画だ。

『クロウ/飛翔伝説』(94)は間違いなく再現性のない映画である。主演俳優のブランドン・リーの急死、それも撮影中の事故死という悲劇の末に完成したのだから。本作を伝説にした要素の一つが、彼の死であることは間違いないだろう。しかし、こんな形で伝説の映画が出来ることは二度とできないし、そもそもあってはならない。

『クロウ/飛翔伝説』(c)Photofest / Getty Images

繰り返すが、『クロウ』に再現性はない。実際、『クロウ』は何度もリメイクされているが、どれも失敗している。続編として作られた『THE CROW/ザ・クロウ』(96)、『クロウ 復讐の翼』(00)、『クロウ -真・飛翔伝説-』(05)、さらにテレビドラマ版まである。レンタルショップに通っていた人なら、『クロウvsクロウ』(04)といった、ヤケクソみたいなタイトルを見た覚えがあるはずだ(あれはテレビドラマ版である)。夢よ、もう一度とばかりに、何度もクロウは作られた。しかし、どれもオリジナルほどの成功を収めることはできなかった。さらに現時点(2024年7月)でもリメイク作品『The Crow』(24)の公開が待機している。こちらは『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(17)でペニー・ワイズを好演したビル・スカルスガルドを主演に、暴力描写などでR指定を受けるなど、かなり気合の入った映画になっているようだ。しかし成功するとは断言できない。

『The Crow』予告

公開から30年が経った今も、人々は『クロウ』を求め続けている。いったい何がここまで人々を惹きつけるのか? 今回は本作の革新性と、今なお我々を捉える普遍的な魅力について語っていきたい。

人生のドン底から生み出されたヒーロー


『クロウ』は原作から特殊な作品だ。アメコミと言えば分業制の制作スタイルで知られる。ストーリーを考える人、絵を描く人……専門家による分業が徹底しているのがアメコミの特徴とされるが、「クロウ」は原作者ジェームズ・オバーが全てを担当している。これは「クロウ」が商業作品として出発していないからだ。もともと『クロウ』はオバーが自分のために描いたものだった。いわば趣味の作品なわけだが……、「趣味」という言葉は似合わない、もっと切実なものだったという。

同作のDVD特典に収録されているオバーのインタビューで、彼は執筆までの経緯を語っている。オバーは「生まれたときに母親が泥酔していたから、自分の誕生日もよく分からない」という荒んだ環境に生まれ、幼少期は施設と里親のあいだを行ったり来たりの生活を過ごすことになった。そして孤独の中で幼いオバーは心を閉ざすようになっていく。どん底のような少年時代だったが、16歳の時に初めて恋人ができる。オバーは他人の粗にばかり目が行くネガティブ全開の少年に仕上がっていたが、その恋人は彼とは正反対の明るく、真面目で、どんな人間も良いところを見つけるような女性だったという。オバーは彼女と愛し合い、将来を約束する。ようやく幸せを掴んだかに見えたが……、彼女は酔っ払い運転の車に撥ねられて、帰らぬ人になってしまった。オバーは突然の不幸に耐えきれず、自暴自棄に陥る。それでもなんとか人生を持ち直し、その後は海軍に入ったり、自動車の整備工をしたり、懸命に生きた。

『クロウ/飛翔伝説』(c)Photofest / Getty Images

不幸まみれのオバーの人生だが、彼にはたった一つだけ少年時代からの特技があった。絵を描くことだ。子どもの頃から時間さえあれば絵を描いていたというオバーは、自動車の整備工として働きながら、漫画を描くことを思いつく。独学で学んだ絵、スーパーマーケットで買った安物の絵の具、おまけにすべて一人での作業。何もかもが通常の漫画の作り方から外れていたが、そんなことは関係なかった。自分の中に積もりに積もった怒りと悲しみを吐き出すための創作活動だったからだ。オバーは自分の好きなもので作品を埋め尽くした。Joy Divisionなどの曲から歌詞を引用し、キャラクターデザインも色々なミュージシャンを参考にした。好きなものを好きなように描く、それがオバーにとっての「クロウ」だった。仕事から帰宅しては、1日数コマずつ描き続ける日々が続けること数年……、1980年から始まった「クロウ」の執筆は、1989年に完成した。

運命とは不思議なものだ。完全に趣味で描かれた「クロウ」だったが、たまたま漫画関係者の目に触れるや、すぐさま発売が決まり、あれよあれよという間に話題になっていく。遂にはハリウッドから映画化の話まで舞い込んできた。刊行からわずか2年の出来事だった。しかし……、映画会社にオバーは呼び出され、こう伝えられた。「主演はマイケル・ジャクソンで行こうと思う」オバーは冗談だと思って爆笑したが、本気だと知ってキレた(実現していたら、それはそれで世紀の怪作になった可能性もあるが)。その後もクリスチャン・スレーターやジョニー・デップといった旬の若手俳優が候補に挙がったが、いずれも頓挫する。そんなときに現れたのがブランドン・リーと、監督を務めたアレックス・プロヤスだった。

若き天才を主役に、新境地を目指して


ブランドン・リー、1965年生まれ。彼について語る時は、父親の名を出さないわけにはいかない。ブランドンの父親は、あのブルース・リーである。世界中で一大旋風を巻き起こし、『燃えよドラゴン』(73)を大成功に導いたにも関わらず、突然にこの世を去った、あの伝説の男なのだ。

伝説の父から格闘技の訓練を受けていて、本人も抜群の運動神経の持ち主、おまけに父親譲りのハンサム。そんなブランドンを映画業界が放っておくはずがなく、20代の頃には映画デビューを果たすが……。アクション映画に主演したブランドンだったが、いまひとつモチベーションが湧かずにいた。驚異の日本描写が語り草の『リトルトウキョー殺人課』(91)や、手堅い格闘アクション『ラピッド・ファイアー』(92)などに主演したが、恐らく彼には分かっていたのだ。このままでは、少なくともアクションでは父を超えることはできない、と。

『クロウ/飛翔伝説』(c)Photofest / Getty Images

そんなときブランドンは「クロウ」と出会う。原作に惚れ込んだブランドンは、プロヤス監督と共にオバーの説得を重ねた。当初はブランドンの起用に懐疑的だったオバーだが、彼の熱意と、実際にクロウの衣装を纏った姿に魅了された。こうして主役も決まり、いよいよ撮影が本格的に始まった。

天才たちの情熱と悲劇


『クロウ』のあらすじは、恐ろしくシンプルだ。恋人と一緒に殺された青年エリック(ブランドン・リー)が、カラスの持つ不思議な力で不死身の肉体となって復活する。エリックはピエロのメイクをして、恋人の復讐のために悪党を次々と血祭りにあげていく。プロヤス監督自身も、物語がシンプルだと分かっていた。おまけに予算も少なく、いわゆる「B級映画程度」だったという。しかしそれでも、プロヤス監督には成功への勝ち筋も見えていた。

まずプロヤス監督が注目したのは、「ゴス」をコンセプトにしたダークなビジュアルだ。基本的に画面に映るのは極力、黒・白・赤のみに絞り、他の色はエリックの平和な頃の回想シーンだけで使った。「夜」と「雨」にもこだわり、実際のロケ撮影もほとんどが夜に行われ、クルーは寒さに震えながら撮影に挑んだ。さらにプロヤス監督は、香港が誇る巨匠ジョン・ウーのアクションを取り入れた。スローモーションに二丁拳銃だ(本当はワイヤーアクションもやりたかったそうだが、予算と技術の両方の面から断念した)。そしてプロヤス監督自身が新人時代にミュージックビデオで培ったセンスから、劇中でロックを流しまくることを決めた。幸運にもプロデューサーも音楽畑に強く、サントラのプロデュースに奔走。当時はまだ若手だったNine Inch Nailsを筆頭に、Rage Against the MachinePanteraStone Temple PilotsHelmetなど、活きのいい若手バンドが集結し、未発表の新曲や、人気楽曲をカバーした。なお、原作者のオバーもお気に入りだったというニューウェーブ系からも、The Cureが参加している。

『クロウ/飛翔伝説』(c)Photofest / Getty Images

ちなみにビジュアル面ではブランドン・リーも積極的にアイデアを出しており、クロウがビニールテープで自分を縛っているのは、ブランドンのアイデアだったそうだ。他にもクロウが標的を抹殺した時に残すカラスのマークは、ロサンゼルスのグラフィックアーティストがデザインした。このアーティストは、後にロックバンドRage Against the Machineの名盤「The Battle of Los Angeles」のカバーアートも手掛けている。

後に大ブレイクを果たす若き才能たちが結集した結果、有無を言わさぬカッコいい映像に、ド迫力のアクション、最先端を突っ走るロックミュージックが出揃った。決して予算的に恵まれているとは言えない環境ながら、アレックス・プロヤスとブランドン・リー、この2人の若き天才の情熱を中心に、映画は傑作へと駆けあがっていく。恐らく撮影中に手応えを感じたのだろう。プロヤス監督は「続編が作れるように」と、いくつかの要素を作中に盛り込んだ。その際は、クロウと心を通わず少女、サラ(ロシェル・デイヴィス)を「クロウが再び舞い戻る理由」にするつもりだったそうだ。しかし、撮影をあと数日に残したとき、映画史上に残る最悪の事件が起きてしまう。ブランドン・リーが撮影中に事故死したのだ。

その日はブランドンが銃で撃たれるシーンの撮影だった。カメラが周り、銃声が鳴る。しかし、「カット!」の声がしてもブランドンが動かない。ブランドンのひょうきんな性格を知っているスタッフたちは、彼がまたふざけているのだと思った。しかし、どれだけ待ってもブランドンが立ち上がることはなかった。やがてスタッフは事故が起きたと悟った。ブランドンを撃った銃の中に、本物が混ざっていたのだ。ブランドンは病院に運ばれたが、ほどなくして死亡が確認された。享年28歳。あまりにも早すぎる死は、世界中に衝撃を与えた。日本では考えられないが、銃が身近に存在するアメリカでは起きうる事故だった。実際、近年も2021年にアレック・ボールドウィンが現場で本物の銃を誤射している。

なお皮肉なことに、『クロウ』にはこんなカットされたシーンがある。「銃を持った子どもたちが強盗を働き、悪党の一人を脅す」というものだ。このシーンは最終的に削除された。それはレイティングの関係で子どもが銃を持つ姿を描いてはいけなかったからだった。

悲劇を乗りこえて


ブランドンの死によって、撮影は全て止まった。一時はこのままお蔵入りにする話も出たが、しかし撮影は再開される。決め手になったのはブランドンの当時の恋人だった。彼女にブランドンのためにも映画を完成させてほしいと言われ、プロヤス監督も腹をくくったという。そして未撮影の部分は代役を立て、主演不在のまま何とかして撮影を最後まで終えたのだった。

こうして完成した『クロウ/飛翔伝説』は鳴り物入りで公開された。映画は公開週に全米1位を獲得。圧倒的なビジュアルとブランドンの熱演も高く評価された。話題になったのは映画だけではない。サウンドトラックも全米ビルボードチャートで1位となり、最終的に400万枚近い売り上げを記録。エンディングを飾ったStone Temple Pilotsの「Big Empty」もスマッシュヒットした。このサントラは、今なおロック界隈では名盤として愛され、メタル系の雑誌REVOLVERの「最高の映画サントラ盤ランキング」のファン投票で1位になっている。この企画でREVOLVER編集部は、このアルバムを一言でこう表している。「90年代のアンダーグランドミュージックの完璧な入門書」。この表現は『クロウ』の映画全体にも通じる。「ゴス」的なビジュアルに、「ロック」が鳴り響く中での、「香港映画の影響」を受けたアクションなどは、この後に吸血鬼ハンター映画の傑作『ブレイド』(98)や、アクション映画の歴史を変えた『マトリックス』(99)にも繋がり、全世界を席巻することになる。そして、今なおクロウは愛され続けているのだ。

『クロウ/飛翔伝説』(c)Photofest / Getty Images

『クロウ』の魅力は、再現性のなさにある。主演俳優の死という悲劇に、二度と揃わないであろう若き天才たちのコラボレーション。そして、それまでになかった新しい「カッコよさ」を作り上げたこと。すべてがもう二度と再現できない。もちろん今日の目で見れば、合成などで拙い部分もあるし、予算の限界を感じさせる場面も多い。しかし、この映画に込められた「新しいものを作ろう」という気概と、ブランドン・リーの死という巨大すぎる悲劇、そして「愛の力は『死』の哀しみすら乗り越える」という普遍的なメッセージが込められた物語は、今もなお世界中で多くの人々を熱狂させている。90年代を代表するカルト映画『クロウ/飛翔伝説』、その魅力はこれからも永遠に色あせないはずだ。

■参考文献

クロウ - 飛翔伝説 - コレクターズ・ボックス (完全限定生産) [DVD]

クロウ/飛翔伝説 [4Kリマスター・スペシャル・エディション] [Blu-ray]

・クロウ - 飛翔伝説/THE CROW 著:ジェームス・オバー 訳:鈴木博文 キネマ旬報社

・キネマ旬報 1994年8月下旬号

・REVOLVER

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文:加藤よしき

本業のゲームのシナリオを中心に、映画から家の掃除まで、あれこれ書くライターです。リアルサウンド映画部やシネマトゥデイなどで執筆。時おり映画のパンフレットなどでも書きます。単著『読むと元気が出るスターの名言 ハリウッドスーパースター列伝 (星海社新書)』好評発売中。

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