芸歴62年目の俳優・藤竜也「どんな人でも“持っている時間”がある」年を重ねることへの率直な思い

藤竜也 撮影/三浦龍司

昭和・平成・令和と時代が変わっても、劇場のスクリーンでもリビングの液晶でも、藤竜也さんは変わらぬ圧倒的な存在感を観る者に突きつける。現在82歳、俳優歴は62年目になる。さまざまな人間を演じ、その名を海外にも轟かせる名優に聞く、THE CHANGEとは。【第1回/全4回】

「なんで砂時計なんですか?」

取材前、机に置かれた弊サイトのシンボルである砂時計に興味を示す、藤竜也さん。おだやかな表情で、滑り落ちる砂に焦点を合わせる。

「砂時計って、これ自体、シンボリックだよね。私なんかは、見ていて切なくなってくるんだよ。だって、落ちる砂もほとんどなくなってきてるもん」

ーー時が経つことに、切なさを感じるのでしょうか。

「そうだね。寂しいもんね。どんな人でも“持っている時間”があるわけで、決まっているわけじゃあないけどね、絶対にあるわけです。でもさ、終わりがあるからいいんじゃないかな? 永遠よりも、終わりがあったほうがいいと思うな、疲れちゃうもんね」

現在82歳。間近で向き合うと、そんな数字が無意味に思えるほど藤さんからの静かなエネルギーが肌に伝わるが、最新映画『大いなる不在』では、一転した、脈絡のない話を淡々と続ける認知症の男性・陽二を演じている。

「私は82歳ですが、同年代で認知症になっている方もたくさんいます。人の命ってやっぱり、宿命なんですよね。生き物がずっと若いままでいられるわけじゃない。身体もそうだし、思考能力もね、それぞれが衰えていくのも当たり前でね。いつまでもずっと、新鮮な脳のままいられるわけがない」

森山未來ら共演者とは「いい調和」のチームだった

2014年にも映画『サクラサク』で認知症となる父親を演じたが、撮影前に認知症を患う人に会う機会を得たという。

「認知症のお父さんを演じたときにいろいろ調べて、患者さんにも会うことができ、ご家族の方の話も聞くことができた。それが、今回のこの役にもとても参考になりました。当時話を聞いたのは、そのときの私と同世代の方だったかな。長年サラリーマンをやっていた方で“今日はわりと調子がいいんですよ”なんてご家族の方から聞いたりしてね」

ーー役作りのために、撮影前に役の履歴書を作るそうですが、『大いなる不在』でも作りましたか?

「今回は台本に書いてあったので作りませんでした。私の役は陽二さんといいましてね、かつて大学の物理学の教授をしていたことのほか、さまざまな履歴が書いてあったので、私が自分でフィクションで"◯◯小学校を卒業して“”大学時代は◯◯を学んで”などを書く必要がなかったんです」

陽二の息子である卓を演じるのは、森山未來さん。幼いころ、卓と妻を捨てた陽二が警察に捕まり、その連絡を卓が受けたことで、物語が動きだす。疎遠だった父親は認知症を患い、発言が二転三転する中で、原日出子さん演じる後妻について「男たちに乱暴されて自殺した」と話すのだ。

「息子と妻を捨てて、自分が好きな女性のところに走った男性なんです。25年ぶりに会うと、森山さん演じる卓は延々と話を聞かなきゃいけなくて、えらい迷惑してね。森山さんの奥さんを演じるのは真木よう子さんで、陽二の2人目の奥さんが原日出子さんで、このチームはすごく調和がよくて、いい感じでした」

藤竜也 撮影/三浦龍司

藤竜也さんの撮影現場での居方とは

ーー調和の良さをどんなところで感じましたか?

「この世界を作っていくのに、“こういう表現をしたら、物語にリアリティが生まれてくるな”というのがわかりますよね」

ーー息子役の森山さんとは初共演ですが、森山さんはどんな方ですか?

「いや、よく知りません。息子の“卓”として見ていましたから。べつに現場におしゃべりをしに来ているわけじゃないしね」

ーーたしかに……藤さんは普段から現場で話さないんですか?

「そうですね。話す人もいるけどね、“もうやめてくれよ”と言いたくなる。“うるせえな”と思います(笑)」

ーー(笑)仕事に集中したいから?

「そうだよね。遊びで撮影しているわけじゃないから。だって仕事中ですから。職場でね、おしゃべりしながら仕事をしていたら変でしょう?」

プロフェッショナルな一面を、フランクな口調で教えてくれる藤さん。最後に、ずっと気になっていたことを聞くと、柔らかくも重みのある言葉をくれたのだった。

ーー冒頭で“終わりがあるからいい”とおっしゃっていました。“終わり”について、意識的に考えたことはありますか?

「そんなに無理して考えなくても、必ず終わるんだから考えたってしょうがない。だからさ、いろんな捉え方があると思うよね。人によってね」

藤竜也 撮影/三浦龍司

ふじ・たつや
1941年8月27日、中国・北京に生まれる。大学在学中に日活にスカウトされ俳優活動をスタート。1962年公開『望郷の海』で映画デビュー。70年代初頭まで「日活ニューアクション」で存在感を放つ。テレビドラマで2枚目俳優として人気を博していた1976年、大島渚監督作『愛のコリーダ』で主演を務め、海外にもその名を轟かせる。近年は連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK)や『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)など話題となったテレビドラマにも出演。7月12日公開映画『大いなる不在』で、第71回サン・セバスチャン国際映画祭のコンペティション部門でシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)を受賞した。

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