「歩行が認知機能維持にいい」と聞いてすぐ実行する人の共通点【第一人者が教える 認知症のすべて】

もともとはインドア派でも…

【第一人者が教える 認知症のすべて】

卵が先か、ニワトリが先か。何度か申し上げていることですが、たとえば「よく歩く人は、認知機能が低下しにくい」という調査結果があったとして、「よく歩けば、認知機能を維持できる」とまでは言えません。

確かに「歩行」は健康維持につながり、脳への刺激になり、認知機能へポジティブな作用を与えるでしょう。

でも、考えてみてください。普段から運動も何もしていない人は、「よく歩けば、いいことがある」と耳にしても、「面倒だ」「忙しい」「今日は暑いから明日から」といった気持ちが先に立ち、実行へ移そうとしないのではないでしょうか。

逆に、日ごろからよく歩こうと意識している人は、それ以外の“体にいいこと”への関心が高め。忙しくて歩く時間を持てなければ、食事面で調整するかもしれませんし、30分早起きして早朝ウオーキングをしよう、となるかもしれません。「〇〇〇がいいよ」といった情報へアンテナを敏感に張り巡らしていて、情報をキャッチしたら行動へ移すスピードも速い。好奇心旺盛でアクティブだから認知機能が保てるとも言える。冒頭の「卵が先か、ニワトリが先か」は、そういう意味で挙げました。

ただ、人は何歳になっても変化できるもの。

今年56歳の男性はもともとは人見知りで、インドア派。できることなら自宅でぼーっとしているのが好き。1人で本を読んだり映画を見たりすることも好きで、子供の時から50歳になるまで、自ら運動しようなんて思ったことはなかったそうです。

奥さんも似たようなタイプでしたが、医療関係の仕事に就いていることもあり、「太らないためには、体を動かさなければならない」という気持ちが男性よりは少しあった。これまで何度も「今なら体験無料/体験した日の手続きで入会金無料」という言葉につられ奥さんがまずスポーツジムに申し込み、奥さんにせっつかれて男性が申し込む。最初は頑張って通うものの、夫婦ともに1カ月くらいで通う回数が激減し、そのうち幽霊会員となり、半年くらい経った時点で2人一緒に退会する──というパターンを繰り返してきました。

さほど興味がなくても、嫌じゃなければまずは試してみよう

運動と縁がない男性、そして奥さんの生活に大きな変化が起こったのは、男性50歳、女性48歳の時。新たに入会したスポーツジムのスタッフの接し方がお2人の好みにちょうど合っていたようで、行くたびに言葉を交わすようになったそうです。

会話が増えると、話題も広がります。「〇〇さん、旅行に行ってたんですって?」「この間教えてもらったカフェに行ってきましたよ」「ジムの近くにできたお店のランチがお得」などとおしゃべりするのが楽しくなってきました。

また、スポーツジムの内容が「1人で、黙々とマシンを動かす」系ではなく、グループレッスン。会員同士との一体感が心地よく、そのうち顔見知りになり、時には一緒に食事に出かけるようにもなりました。

それから6年。腕立て伏せを10回できるかできないかだった男性は、今では100回だってできる。一番年が離れたジム友達はまだ20代。ジムとは別にスポーツ大会に一緒に出場したり、公園で大縄跳びで遊んだり、河原でバーベキューをしたりと、以前では考えられなかった楽しみも見つけられたと話します。

奥さんに至っては、年下の友人と海外旅行をした際、みな英語での会話を苦なくこなすことに衝撃を受け、毎朝30分、オンラインでの英会話レッスンを始めたとか。

「世界が広がった気分。仕事とは全く違うところでこんなに友達がたくさんできるとは思わなかった。長くジムに通えるように、食事内容に気を付けるようになり、お酒の量も少し減りました」(男性)

不思議なことに、ジムで仲良くなった友達には、もともとは運動経験がなかったという人も多い。彼らも男性と同様、そのジムでの出会いを通して、いつの間にか生活スタイルが変わっていた──。そんな話をよくするそうです。

Aということが合わなくても、Bであれば合うかもしれない。躊躇せずにいろんなことに試しに参加し、自分が楽しいと思うかどうかを見極めてほしいと、今年の5月21日号の本欄で提案しました。まさに、それです。予想外の楽しみが見つかり、男性が経験したかのように、別の世界へと連れて行ってくれるかもしれません。

(新井平伊/順天堂大学医学部名誉教授)

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