慶應大卒“モーレツ社員”の46歳エリートサラリーマン、数年前にメンタルを病んで休職…療養中に気づいた「定年後の自分」の危うさ【インタビュー】

(※写真はイメージです/PIXTA)

老後年金だけでは暮らせない時代となったいま、「定年後のキャリア」をどのように考えるべきか……金澤美冬氏の著書『おじさんの定年前の準備、定年後のスタート 今こそプロティアン・ライフキャリア実践!』(総合法令出版)より、現役世代の“生の声”をみていきましょう。

“モーレツ社員”としてがむしゃらに働いた結果…

「死ぬまで現役」でなければ、マグロと同じですぐ死んでしまうと思います―― 石井義之さん(46歳/定年まであと11年)

<略歴>

1974年千葉県出身。

慶應義塾大学卒業後、大手通信企業に就職。法人営業、人事、広報、経営企画などを経験した後、グループ会社である生活インフラの自動検針や監視業務を行う会社に出向中。

現在の役職は部長で、今のところ定年を迎える際、雇用延長する希望はないものの、むしろ「定年」という枠組み自体を考えないことを前提に「死ぬまで現役」「周囲の環境から求められる仕事をし続けたい」と考えている。

妻と小学生の子と円満な家庭を築いている。

<資格・取り組み>

IoTの資格を持ち、現在はキャリアコンサルタントの資格を取得するため勉強中。取得できた暁には、資格活用だけでなく資格を通じて学んだことを、資格と親和性の高い仕事に活かしていきたいと考えている。

――現在は大手通信企業のグループ会社に出向され部長職でいらっしゃいますね。

石井:もともとは本体会社にいましたが、いまはグループ会社に出向して部長職をしています。役職定年は57歳くらいだったと思うので(笑)、あと10〜11年くらいですかね。今の会社では、私は若いほうなんです。

現在、部長職を担っていますが、同年代ではまだ担当者が多く、また課長などの役職のある人たちは自分よりさらに上の世代が多いです。

――そうなると、同じ目線で「定年後」「セカンドキャリア」の話をできるような人はいなさそうですね。

石井:全くいないですね。同年代で話すことと言えば「今の仕事の愚痴」だけです(笑)。それは冗談として、少し上の世代の方と話をしても、グループ会社ということもあるのか普通に雇用延長を希望される方が圧倒的に多いと感じています。そのため「定年後」「セカンドキャリア」について、ますます話をする機会はないですね。

――ある意味では、古い体質と言えそうでしょうか。

がむしゃらに働いた末、40歳を過ぎて「メンタル不調」に

石井:自分が入社したときと比較すると、だいぶ変わってきたのかなとは思います。

ただ、当初の私は「定年後」や「セカンドキャリア」はもちろんのこと、自分自身という存在を世の中に最大限活かすためにどうすべきなのかといったことを考えることもなく、ひたすら会社から与えていただく仕事に対してモーレツ社員として働いてきました。

ある意味、世の中を見ず、与えられた仕事に熱中していたのですが、今考えると自分が本当にやりたいこととのギャップを顧みずにやり過ぎた結果、40歳を過ぎた頃に体調を崩してしまいました。

いわゆるメンタル的な病気として診断されたのですが、このことで会社を長期にわたって休むことを余儀なくされてしまったのです。同僚には本当に迷惑をかけたなと思っています。

休養中に“手に入れた”もの

石井:ただ、この休養が自分にとっては良い時間でした。冷静に「自分がいる会社」と「会社以外のこと」をゆっくり考え直すことができたからです。

そこから、たどり着いた考えは「会社という組織の中だけで過ごすのはもったいない」「もっともっと何かできるはずだし、それを自分もやっていきたい」ということでした。「少し休んで回復できたら、会社の仕事はもちろん、それ以外のこともやっていきたい」と思い、復帰前後からそれまでにはしていなかったことをいろいろと始めるようになりました。

――どんなことを始められたのですか?

石井:休養中もですが、少し体調が戻ってきてから、様々なセミナーに毎日のように通うようになりました。

まずはIT系ですね。私の会社もIT系の部類に入るのですが、職場で働いているうちは、目の前の仕事に集中するあまり、未来のテクノロジーのことまでは考えられていなかったと思います。周りの社員も同じだったかもしれません。

そのため、IT系のセミナーに参加し、そこで得た最新の取り組みや情報を会社にフィードバックし、もちろん自分自身にも活かすことができれば良いなと考えてのことでした。

実際、今では当たり前になりつつある「IoT」に対しても、当時の私は言葉では理解できていても、どんな技術が使われ、どのように生活に役立っていくのか、具体的なことはよく分かっていませんでした。

それを私が学び、さらに社内の業務にも取り入れることができたら、自分も含めて社員全体でも最新技術の活用方法を体感できるわけで、その理解度も加速するのではと考えていました。

「リスク毛嫌い」の風潮を逆手に…復帰後は業務改善を“トライアル”

――日本の社会全体では、“新しいことへの取り組み”に及び腰になる先入観がまだありますが、社内ではIoTの活用を受け入れてもらえたんですか。

石井:確かに、新しいことを始める際には失敗する可能性も大きいため、そのリスクを背負うことを毛嫌いする風潮は会社に限らず、まだ日本の社会全体にあるのかもしれません。「総論賛成・各論反対」とも言えるかもしれませんね。

こういった風潮だからか、「トライアル」という言葉をよく耳にする気がします。要は「斬新なことをいきなりやるのではなく、小っちゃくやって様子を見よう」ということです。

このトライアルを逆手にとり、私は自分が担当する業務改善をIoTの力で実現させてみたいと考えました。

具体的に言うと、在庫管理や固定資産管理にIoTを取り入れたわけです。それまでは帳簿を片手に紙とペンでいちいちチェックしていましたので、その労力削減という目的を伝えると、すぐに受け入れてもらえました。

その点では受け入れていただいた当時の上司には感謝しかないのですが、今で言うDX(デジタルトランスフォーメーション)の先駆けみたいなことで、やってみると思った通りそれなりの達成感があり、自分としてはやりがいを持て、自信の回復にまでつながる出来事だったかと思います。

暇は絶対耐えられない!…定年後も“死ぬまで現役”

資格取得、夜間学校、社外活動…休養を経て広がる「夢」

――こういった革新的な取り組みの実践は、どのような経緯で思いついたのでしょう。

石井:「頭を空っぽにして」セミナーに参加したことが大きかったと思います。空っぽにしたから、業務の延長線上ではなく、イチから最新技術の仕組みや活用方法が頭にすーっと入ってきて、自分なりの発想というものを自然と出せるようになったのだと思います。

同時に、私のこのような経験や行動をさらに飛躍させて「第三者のキャリア形成の手助けができたら良いな」と思うようにもなりました。

――現在はキャリアコンサルタント資格取得のために勉強されているほか、「おじさんLCC」を含む2〜3のコミュニティに参加されているようですね。会社での仕事をやりながら、こういった社外での活動をされる上で大変なことはありませんか?

石井:現在、キャリアコンサルタント資格取得のための勉強をほぼ毎日やっており、週に2回夜間学校にも通っています。また、コミュニティについては週1〜2回程度、ZOOMなどのオンラインで参加しています。

でも、今のところ大変なことはないです。キャリアコンサルタントの資格取得後は、より専門性を高めるために大学院にも通ってみたいなと考えてもいます。どうなるかはまだ分かりませんが(笑)。

「もし」という言葉はあまり使いたくないのですが、10年早く気づいて取り組んでいれば、転職などを通じたキャリアアップ、キャリア形成をしていたかもしれませんし、現在よりも多くの社外とのヒューマンネットワークの形成が図れたのかもしれません。

もちろん、今の会社での10年間だったからこそ、会社の中で貴重な経験もさせていただいたことはゆるぎない事実としてあると思っています。どっちが良くて、どっちが悪い、と決めつけることは意味のないことだと思うので、今と未来のことしか考えていません。

また、まだ先の話になりますが、今いる会社で定年を迎えた後の雇用延長ということについては、本当に悩むのではないかと今から考えさせられます。定年後に「家にずっといる」ということもあり得ないですし(笑)。はっきり言って「死ぬまで現役」で動き続けなければ、自分はマグロと同じですぐに死んじゃうんじゃなかろうかと思ったりもします(笑)。

そして、会社を休んでいる間に分かったことは、誰ともコミュニケーションを取ることなく、緊張感もなく、ただ1人孤独でいるような「暇」という状況には絶対に耐えられないということでした。

暇になると、不安というより自分自身が情けなくなってくるんです。休養中に、ふと「俺、定年後こうなってしまうんじゃないか」と思ったんですね。それまでは「定年後の生活」なんて考えることさえしなかったわけですが、あの休養で「このままじゃダメだ」と考え直し行動したことが今につながり、未来にもつながっていくのだと思っています。

金澤 美冬
おじさん未来研究所 理事長/プロティアン株式会社 代表
株式会社YEデジタル 社外取締役

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