90年代は俺様系男子、令和は「溺愛系男子」の時代?社会背景とリンクする少女漫画のイケメン像【花男、君に届けetc.】

初恋はあの漫画のキャラクターだった……そんな人も多いのではないでしょうか。
でも、あの頃に恋していたキャラクターと、いま流行りのキャラクターってどこか違うかも?

実際に、少女漫画内で人気のある男性は時代によって変化していくのだとか。
90年代は「オレ様系男子」、00年代は「爽やかイケメン」。そして続く少女漫画の一大トレンドは、一途な愛情表現をしてくれる「溺愛系男子」。各時代のヒット作から見えてくる、女子の本音とは?

平成~令和における少女漫画の変遷を、年間2000冊を読む漫画通であり、国内最大級の電子書籍ストア「ブックライブ」書店員のすず木さんに少女漫画の変遷とその背景を教えていただきました。

世相とリンクする少女漫画。90年代ヒロインはハングリー精神が強い

――少女漫画の男性キャラクター像は、時代によってどのように変遷しているのでしょうか。

すず木:
平成から振り返ってみますと、90年代は男性キャラクター像が細分化された時代なんですね。

まず、当時を代表する作品『花より男子』(神尾葉子/集英社)の道明寺はぶっきらぼうで我が強く、ヒロインと張り合ったり、競い合ったりしながら関係を深めていくタイプ。いわゆる「オレ様男子」が注目されたのも、この頃でした。

DVD-BOX 『花より男子』(東宝)

――「お前、ナマイキだな!」からはじまる恋ですね。

すず木:
90年代は女性の社会進出が進んで、男女が対等になってきた頃です。だからこの時期のヒロインはハングリーで反骨精神が強かった。「男性に負けていられない」という、強さをもって描かれることが多かったんですね。道明寺とつくしの関係性は、まさに時代を反映したものでした。

00年代には『君に届け』風早くんが登場。等身大の男子が人気に

――そして00年代に入ると『君に届け』(椎名軽穂/集英社)の連載が始まります。

すず木:
この時期になると「弱さ」「強さ」を超えた、良い意味でフラットな男性像が人気となります。『君に届け』の風早くんがその代表ですね。
それまでの少女漫画のヒーローはどこかファンタジー感が漂っていたと思うのですが、ここにきてより身近に感じられる、等身大の男の子が登場したんです。

――クラスにいそうでいない、そんな男性像ですね。

すず木:
「こういう人、いるかも?」「いたら好きになっちゃうかも!?」と思えるようなキャラクターですね。

総じて90年代は「引っ張ってくれる強い男性像」「強引なアプローチをしてくる男性像」が好まれる傾向がありましたが、そこから風早くんのような、クラスの人気者的な男性像が登場したことはとても衝撃的でした。

DVD「君に届け 2ND SEASON」 Vol.1 (バップ)

――00年代では「寄り添ってくれる男性」にシフトしていったんですね。さらに、2014年には「壁ドン」が流行語トップ10に選ばれたりもしました。

すず木:
10年代に入ると「壁ドン」ブームがあって、『L・DK』(渡辺あゆ/講談社)の久我山などがその代表なのですが、彼はオラオラ系やドS系とはまた違うタイプ。道明寺が「俺を好きになれよ」なら、久我山は「俺を好きになりなよ」というような、微妙なニュアンスの違いがあります。

「弱さ」がよりクローズアップされていく

――「平成」には、ほかにどんなタイプの男性キャラクターがいましたか。

すず木:
同じ時期、社会人女性を中心に人気となったのが「癒し系男子」です。『きみはペット』(小川彌生/講談社)のモモなどがその代表で、働く女性を支え、癒しとなるポジショニングでした。やはり、ここにも女性の社会進出が背景としてありますね。

一方、ティーンエイジャーに人気だったのが『オトメン』(菅野文/白泉社)。』「男性としてほぼ完璧だけれど、じつは乙女趣味」というギャップが魅力ですね。これまで乙女趣味を隠してきたけれど、ヒロインと出会ったことで素の自分を出せるようになるストーリーも人気となりました。

「オレ様系男子」と異なり、弱さがクローズアップされているのも特徴で、その弱さも含めて愛おしく思えるのがポイントじゃないかと思います。

『オトメン』第1巻(白泉社)

令和は溺愛系男子がアツい。大前提は「女性の嫌がることをしない」こと

――そして令和の今、どのような男性像が人気なのでしょうか。

すず木:
20年代から「溺愛系男子」がメインキャラクターに登場しました。「溺愛系」は2パターンに分かれると考えています。

まずは「ヒロインを好きすぎて他者を排除する」タイプ。いまひとつは「ともに歩んでいこう」タイプです。

「他者排除タイプ」の代表格は、2024年にアニメ化された『花野井くんと恋の病』(森野萌/講談社)の花野井。ヒロインが望むことはなんでもしてあげたいし、ずっとヒロインを見つめていたい。そんな愛が重たいタイプです。

『花野井くんと恋の病』1巻(講談社)

一歩間違うとヤンデレになりかねないし、ストーカー気質ではあるのですが、そうならないよう絶妙なバランスを保っているのがこのタイプです。ヒロインへのあふれる気持ちをギリギリでセーブしているところも、読者がキュンとくるポイントではないでしょうか。

もうひとつ『なのに、千輝くんが甘すぎる。』(亜南くじら/講談社)の千輝も他者排除タイプの代表格ですが、彼は花野井くんとはまた違っていて、ふたりの世界にどっぷり浸かりたいタイプ。他の女の子が寄って来ても、「別に…」という感じで、まったく目もくれません。
ほか、『黒崎さんの一途な愛がとまらない』(岡田ピコ/フレックスコミックス)の黒崎もこのタイプと言えます。

溺愛系は、モテるのに他の女性にはなびかない安心感

――「他者排除タイプ」が登場したターニングポイントは、どのあたりにあるのでしょうか。

すず木:
端緒となったのは、2012年に連載が始まった『一礼して、キス』(加賀やっこ/小学館)ではないでしょうか。ヒーローは花野井くんをもっと過激にした感じですが、女性がイヤがることは決してしないことが大前提としてあります。

――一方の「ともに歩もうタイプ」は、どんな男性像でしょうか。

すず木:
これまでそんな生き方をしてこなかったけれど、ヒロインとの出会いで「誰かと歩む人生もいいよね」と変化していくタイプです。

代表格は『うるわしの宵の月』(やまもり三香/講談社)の市村、『ゆびさきと恋々』(森下suu/講談社)の逸臣、『山田くんとLv999の恋をする』(ましろ/KADOKAWA)の山田、『顔だけじゃ好きになりません』(安斎かりん/白泉社)の奏人などでしょうか。

『山田くんとLv999の恋をする』(KADOKAWA)

「他者排除タイプ」との共通項は、「モテるけれど女の子を寄せつけない」ところ。ここが90年代の男性キャラクターと大きく違う点です。

――女性に囲まれている男性はチャラくて信用ならん、ということでしょうか。

すず木:
そうですね。「溺愛系」はとてもモテているのに他の女の子に囲まれることなく、ヒロインしか目に入っていない。女性読者はそこに誠実さを感じるし、同時に「特別な人に選んでもらえた」というカタルシスを味わえるのだと思います。

令和のスパダリは「すでに仕上がっている」。過去との違いは?

――令和の男性キャラクター像を語るうえで、「誠実」がキーワードとしてあげられそうですね。

すず木:
たしかに令和の少女漫画では、「ヒロインを不安にさせない」男性像が好まれることが多いですね。

ヒロインは不安や自分への自信のなさを抱えていることが多いのですが、それでいて自立心はあるので、「きみはそのままでいいんだよ」と安心させてくれる男性像が求められているのかなと思います。私はこれを「(少女漫画における)心理的安全性」と呼んでいます。

「友だち親子」という言葉もあるように、現代のティーンエイジャーは家族仲が比較的良好で、いさかいを避ける傾向があるように思います。

外的な圧力に対する反骨精神よりも、自分がいかにしっかりと自立するかに重きを置く人も多い時代なんですよね。こうした、向き合うべきはあくまで自分だという世相も、求められる男性像に影響しているのだと思います。

それと、令和の男性キャラクターはすでに「仕上がっている」ケースが多い。

『ゆびさきと恋々』1巻(講談社)

――「仕上がっている」男性像は、90年代にも「スパダリ」として存在していたようにも思います。

すず木:
その仕上がり度合いが、令和ではより強化されている感じですね。
90年代のスパダリはいわゆるオラオラ系で、女性サイドとしては「強引に迫られたから、流されても仕方ないでしょ」と、ある種の責任転嫁ができました(笑)。

対する令和のスパダリは、そこからオラオラ要素を除いた男性像となっています。女性のエスコートはバッチリだし、女の子をからかって気を引くようなこともしないんですよね。

――相手をからかったり、わざとイヤがることをして関係性を築こうとする男性にNOを突きつけたという側面もあるのでしょうか。

すず木:現実の問題として、そういうアプローチの仕方にイヤな思いをしたり、うんざりさせられたりした女性は結構いると思うんですね。今の少女漫画ではむしろ、そういうことをしてくる人から守ってくれるような男性像が求められているように思います。
強引さはないから、いきなり抱きしめたりするケースも少ないんですよね。どちらかといえば「充電させて?」と、そっと触れてくる感じ。

――「溺愛系」という言葉には、あふれる愛情を相手に注ぐような響きも感じられるのですが、それだけではないのですね。

すず木:
溺愛といっても、まずヒロインの気持ちを尊重してナンボなんですね。女性の気持ちを最優先するからこその「溺愛系」だし、そんな彼らの登場に私自身も衝撃を受けました。
特に「ともに歩む系」は女性へのリスペクトが高く、ヒロインのサポート役に徹するようなところがあります。

移り変わるヒロイン像。呼応するように男性像も変化する

――時代によるヒロイン像の変遷についてもお聞かいただけますか。

すず木:
90年代は起伏の激しい物語が多く登場した時期で、それに合わせてヒロインも男性と張り合えるような女性像が好まれました。『花男』のつくしや、『ヤマトナデシコ七変化』(はやかわともこ/講談社)のスナコなどがそうですね。

その一方で、『快感・フレーズ』(新條まゆ/小学館)の愛音のような「守ってあげたくなる女の子」も登場しています。両者とも芯はしっかりしているのですが、表出の仕方が二分化されている。『NANA』(矢沢あい/集英社)はその対極するふたつのヒロイン像をひとつの作品の中で描いた、画期的な少女漫画ではないでしょうか。

『快感・フレーズ 完全版』1巻(小学館)

90年代の男性キャラクター像は細分化の時代でしたが、ヒロイン像については二極化の時代といえそうですね。時代によってヒロイン像が変化し、それに呼応する形で男性像も変遷しているんです。

――最近の少女漫画には、ヒロインに対抗するライバルキャラが少なくなっているように思います。

すず木:
昭和までさかのぼると、同じ男性を好きになった者同士として、ヒロインとライバルが仲良くなるケースが多々見られます。
90年代に入ると意地悪な女の子がライバルとして登場したりするのですが、令和ではそもそもライバル自体あまり見かけなくなっていますね。

ライバルと競い合って相手の心を手に入れるより、ふたりの関係をいかにじっくり、厚みをもって描くかに重心が移っている。その時代の転換点にすっぽりハマった作品が『君に届け』だったのだと思います。

DVD『君に届け』VOL.4(バップ)

――誰とも争わず、じっくりふたりの関係を育んでいくこと。この点も、先ほどおっしゃいっていた「心理的安全性」につながるポイントではないでしょうか。

すず木:
令和のティーンエイジャーはSNSが身近にあって、アプリを開けばキラキラした同世代の様子を簡単に知ることができます。そうした世相を反映してか、最近の少女漫画のヒロインは「普通である自分」に悩むケースがよく見られるんですね。

これが90年代のヒロインだと「それなら、私は何者かになってやる!」となるのですが、令和のヒロインはそこを男性キャラクターに補ってほしいと望む傾向があるんです。

そうしたヒロイン像の変化に合わせ、求められる男性キャラクター像も「たとえ何者でなくても、そのままの君が好きだよ」と言ってくれる人にシフトしています。
ありのままでいいし、ここにいてもいい。そんな安心感をくれる男性像が増えてきていますね。

ドラマチックな展開よりも、変わることのない愛を求めたい

――なぜ今、「溺愛系男子」が求められているとお考えですか。

すず木:
一番はやっぱり否定されたくない、ずっと自分だけを好きでいてほしいという読者の願いだと思います。
さらに令和のティーンエイジャーは反骨精神は薄いけれども、乗り越えるべきは自分だと思う傾向が強く、他人と比べて落ち込んでしまうこともある。そういう脆さやアンバランスさと向き合ったとき、心の支えになるのが「変わることのない愛」なんですよね。そこを突き詰めると「溺愛系」になるのだと思います。

『顔だけじゃ好きになりません』1巻(白泉社)

――これがティーンエイジャーではなく20代以上の読者ですと、また事情が違ったりするのでしょうか。

すず木:
同じ「溺愛系」には違いないのですが、男性キャラクターが完璧すぎず、弱い部分がしっかり描かれる傾向にありますね。その弱さを受け入れたうえで「お互い頑張ろう!」といった部分がクローズアップされてきます。

――壮大でドラマチックな展開よりも、ゆっくり愛を育んでいく、と。

すず木:
溺愛系男子との想いを育む過程では、焦れったさを楽しむ「焦れきゅん」があったりするのですが、そもそも溺愛系はヒロインを不安にさせることのない男性像です。だから気分の浮き沈みが激しいドラマチックな展開よりも、自然と小さな波風が起こる物語になっていくのだと思います。

付き合うことがゴールではなく、付き合ってからが長い

――「溺愛系男子」が登場する作品で、すず木さんのオススメを教えていただけますか。

すず木:
まず、さきほども挙げました『ゆびさきと恋々』は今の時代を象徴する作品ですので、全人類に読んでいただきたいですね。間違いのない作品です!

次に、ティーンエイジャー向けより年齢層が上になりますが、私が一番好きなのは『やぶさかではございません』(Marita/ KADOKAWA)。溺愛系男子の上下(カミシモ)くんはとにかくイケメンなんですが、これまで付き合った彼女からは「愛が重い」とフラれ続けている。
そんな彼がヒロインに一目ぼれをするのですが、彼女は過去の恋愛経験から男性が苦手なんですね。そのことを知っている上下は何とか自制しようとしますが、たまにリミットが外れてしまって(笑)。
そうして絆を深めていく「焦れきゅん」ぶりと上下くんの溺愛ぶりが愛おしい、イチオシの
作品です。

『やぶさかではございません』( KADOKAWA)

――溺愛系に限らず、期待しているタイトルはありますか?

すず木:
私が注目しているのは『恋せよまやかし天使ども』(卯月 ココ/講談社)です。
ヒロインは誰もがうらやむ完璧女子として振る舞っているけれど、裏の顔はかなり男前な性格。一方のヒーローも優しい完璧男子だけど、裏の顔はだいぶブラック。そんなふたりが互いの素顔を知ってしまったことから、物語が動き出します。
少女漫画のセオリーを踏襲しつつ、早い段階で「好き」を自覚するあたり、とても現代的な作品だと思います。

90年代の少女漫画はともすれば「想いが通じ合うところがゴール」でしたが、令和の少女漫画はお付き合いが始まるまでの時間が短く、むしろ付き合い始めてからが長い。
恋愛のドキドキ感より、ふたりの仲をいかに親密なものにしていくか。関係の維持、発展に軸足が置かれているんです。

――では年代を問わず、すず木さん個人のイチオシ少女漫画を教えていただけますか。

すず木:
沢山あって迷うのですが、ラブストーリーものですと10年代に連載された『どうせもう逃げられない』(一井かずみ/小学館)。
ヒーローの向坂は賞を総なめにしたトップデザイナーなのですが、ある理由から第一線を退いています。私は向坂のような「心に傷がある男性」が癖でして(笑)、個人的に大好きな作品です。

『どうせもう逃げられない』1巻(小学館)

ティーンエイジャー向けでは00年代の『はしたなくてごめん』(石田拓実/集英社)を推します!
自分に自信のない「不器用系男子」は、現在ではあまり見られない男性キャラクター像だと思います。ヒロインに合わせて成長していく姿は思わず応援したくなるし、ヒロインのために変わろうとする健気さにもきゅんとすること間違いなしです。

――最後に、少女漫画ファンのみなさまへメッセージをお願いいたします。

すず木:
少女漫画のキャラクター性、テーマ性は時代を映す鏡であり、世相と連動する傾向にあります。
ですので新作はもちろん、昔の名作も手に取っていただいて、時代の変化を意識しながら読むのもひとつの楽しみ方ではないかなと思います。現代の優しい男性像に物足りなさを感じている方は、90年代の作品を読むと、もしかしたらツボにはまる出会いがあるかも知れませんよ。

(執筆:合田夏子、編集:三鷹むつみ)

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