1話につき200時間…坂東祐大『怪獣8号』音響へのこだわり

気鋭の現代クラシック作曲家として高い評価を集めながら、米津玄師や宇多田ヒカルの楽曲アレンジ、坂元裕二・脚本のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ)の音楽などを手がけてジャンルレスな活躍をみせてきた坂東祐大(7月31日オープンの「KITTE大阪」のテーマソングも担当!)。

アニメ『怪獣8号』の音楽を担当した坂東祐大

そんな彼が手がけた、集英社のマンガ誌アプリ『少年ジャンプ+』に連載中の大人気コミックをアニメ化した『怪獣8号』のサウンド・トラックでは、オルタナ・ロックやベース・ミュージックも取り入れた刺激的な音を展開。CD2枚組全64曲の大作となっている。

通常のTV放映アニメ作品とは一線を画する音響へのこだわりや制作ルーティンにより、音楽作品としても画期的なサウンドスケープを示す本作について、坂東に語ってもらった(取材・文/吉本秀純 写真/木村華子)。

■「挿入歌が大事だと絶対的に思っていた」

──これまでにも数多くのTVドラマや映画の音楽を手がけてこられた坂東さんですが、今回は怪獣モノのアニメ作品ということで、初の試みも多かったのではと思いますが。

まず、ジャンプ・アニメを自分が手がけるとは思ってなかったですね。お話しをいただいたときにも、怪獣だと『ゴジラ』を手がけた伊福部昭さんの音楽が前提としてあるから、それを越えるものを作ってくれる人で、ということでした。でも、同時にやっぱりジャンプということも担保しなければいけないので、ポップ・ミュージックのなかでもジャンプなら絶対にロックは必要だよな、とか。

──イメージ的にはロックが不可欠になりますよね。

バトル・シーンが見せ場なので。そこをどうやって演出するかを考えつつ、ロックはやったことがなかったんですけど、幸いなことに友だちのミュージシャンはいっぱいいたので、せっかくだから誘ってみようかみたいな温度感で進んでいきました。

──ドラマーの石若駿、ベーシストの新井和輝(King Gnu)、ギタリストの岡田拓郎といった面々を中心に構成されたThe Kaiju Bandの演奏が、今回のサントラのロック・サイドを担っています。

あともう一つは、音楽とシームレスにミックスする形で演出したかったんですよね。日本の映像作品とアメリカのもので一番違うのは、音楽でいうと主題歌があるところなんですよ。アメリカのものは基本的に主題歌なんてなくて、メイン・テーマがあって劇中に挿入歌が入ってくるんですね。

僕は基本的には洋画しか観ないので、主題歌よりもちゃんと演出に関わってくる挿入歌の方が大事だとは絶対的に思っていて。そこを面白くして、いかに音楽とシームレスに違和感なくスイッチできるかも同時によく考えていました。

「主題歌よりもちゃんと演出に関わってくる挿入歌の方が大事だとは思っていた」と話す坂東祐大

──ストーリーの進行と一体化した音楽というか。

それもあるし、いろんな音像とか、オーケストラから突然違うサウンドに移る時にいかに違和感なくDJミックスのようにスイッチできるかということなども含めて、そこまでやらないと2024年の映像作品としては弱いよなという感じはすごく思っていました。

テレビ番組だとなかなかできないことだったんですが、今回はそれをやらせてくださるということだったので、かなり自由に作曲させていただきましたね。

──とはいえ、1話ごとにフィルムスコアリング(※映像に合わせて作曲する方法。映画では一般的だが、毎週放送のテレビアニメでは珍しい)で曲を作り、演出的な効果や音響面にも注意を払って仕上げていくとなると、とても手間がかかる作業だったことは想像に難くないですが・・・。

アニメの足音と完璧にシンクロできるように曲を作るとか、そういう細かいレベルのこともたいていやりました。でも、なかなか通常のテレビ放送ではできないことなので、今回やらせてもらって良かったなと思います。

最初からX(旧ツイッター)での世界同時配信で海外に向けても出すということは企画としてうかがっていたので、じゃあこれくらいやらなきゃなというのもあったし、制作のルーティンを見直させてくださいというところからお話しをして、MA(※Music Audio=整音。音楽、セリフ、効果音などをミックスする行程)の最終的なところまでちゃんとしたモノにしないとマズいんじゃないかとお伝えして、みんなそういう気概をお伝えしまして。エンジニアの佐藤宏明(molmol)さんにかなり企画の初期段階から入っていただいて、本当に丁寧に仕上げていただいたので、実現できたと思います。

■ 個性的なゲストボーカル陣も話題に

──そして、CD2枚組全64曲でリリースされた『怪獣8号』のオリジナル・サウンドトラック盤は、音楽作品としてもかなり聴き応えのあるディープな大作となっていますが。

結局は130曲くらい作ったんですけど、そこからいろいろ厳選して半分くらいっていう(笑)。デラックス盤みたいなのを作ろうと思うとたぶん4枚組くらいになると思いますけど、音楽としてちゃんと聴けるようにしたいなと思ったので、もう一度全部アレンジし直して、なんなら録音もやり直した曲もあります。

──さらにアルバム用に手を入れたんですね。

特にDisc-1に収録されている曲は作り直しました。というのも、フィルムスコアリングをやっているからセリフの帯域が被るというか、やっぱりセリフが王様でそれが聴こえなくなるのは大問題なので、そこは絶対に避けて曲を作っているんです。で、セリフを抜くとそこの帯域がゴッソリとなくなって、要は飛車角を落とされたような状態になるので、じゃあそこでいろいろ遊べるじゃん!ということで新しく録り直したりとか。

あとは、映像と一緒だったらいいんだけど、音楽だけならもうちょっと欲しいなという部分などは足してますし、挿入歌はテレビ放映で使われた尺よりも長いものを最初から作っていたので、セルフ・リミックスみたいなところがありますね。

第5話で流れた劇中歌「Scream」(ゲストボーカル:(sic)boy)

──劇中歌で(sic)boy、岡崎体育、LEO今井といった個性派ボーカリストが起用されているのも大きな聴きどころですが、客演の人選に関して意図していたことなどは?

まずは曲を作ってからどなたがいいのかを考えたんですけど、(劇中に登場する)キャラクターとも親和性のある方で今までにやったことがない方とやってみたい、というのはありました。

(sic)boyさんはたまたま作品を聴いていて、カッコいいなと思ってお願いして、岡崎体育さんはシャウトを意外な方にしてもらったら面白いかなと考えていたときに、体育さんはシャウトのイメージは全然ないですけど、やってもらったら絶対に巧いだろうなと思って。あとは何よりも主人公のカフカと年齢が近いという理由もあってダメモトでオファーしたらご快諾いただけて。

第7話で流れた劇中歌「Warcry」(ゲストボーカル:岡崎体育)

──確かに、すごくハマっていますが意外な起用法ですよね。

で、LEO今井さんには最初は作詞をお願いしていたんですけど、仮歌で歌っていただいたものがホントに素晴らしくて。後からボーカリストを考えるつもりだったんですが、もうLEOさんにしない? とスタッフとも盛り上がって、そのまま歌もお願いすることになりました。

第10話で流れた劇中歌「Never Break Down feat. LEO今井」

■ 意識したのは「なかなか地上波では流せない音」

──音楽的にはロックもあれば、ベース・ミュージックなどの鋭角的なダンス・ミュージック、現代音楽的な展開もみせるクラシックの要素も混在していて、かなりハイブリッドなものになってますが。

そうですね。アニメじゃないとなかなかここまで幅の広いことはできなかった気はしますね。毎回ここまで力を入れれるかと言われたらちょっと不安です(笑)。

──坂東さんのソロ作品としてこのアルバムが出てきたら、聴き手は仰天しますよね(笑)。

『怪獣8号』だからやってみたというか、遊ばせてもらった作品ですね。

──サウンド面で今回初めてやってみたことなどはありましたか?

そういう点では、世間的に僕はシンセとかまったく使わないイメージだったらしいんですけど、実はすごく好きで。今回のアルバムでは、プログラミングなどもほぼ自分でやっていますね。

「実はシンセがすごく好きで…」と明かす坂東祐大

──おー、シンセ類も坂東さんご自身がこなされていたとは意外でした。

なんか『大豆田とわ子と三人の元夫』の時にアコースティックな感じは頑張り切った感があったので、今回はやったことがないことをやってみたい、というのがあって。そこで『怪獣8号』の話をいただいたので、いろいろ振り切れたことができるなというのはありました。

──純粋に音楽作品として聴くと、例えが少し古いですけどエイフェックス・ツインがオーケストラなども取り入れた時期の音源や、かつて芸能山城組が手がけた『AKIRA』のサントラに通じる印象を受けたりしましたが、今作を作るうえで参照にした音楽作品などはありましたか?

これはいろんなところで言ってるんですけど、映画『ブラックパンサー』の音楽は通常のルドウィグ・ゴランソンが手がけているフィルムスコアのパートと、ケンドリック・ラマーたちが制作したコンセプチュアル・アルバムの2種類があって、その間をシームレスに行き来するんですよね。構造的な部分では、ああいうのを週間アニメでやりたかった。

サウンド面で言うと、ベタかもしれないけどトレント・レズナーとアッティカス・ロスが映画音楽でやっている、ロックの人がやっているアンビエントミュージックにビートがあるのかみたいな曲はかなり勉強しましたし、ジョニー・グリーンウッドがすごく攻めたギターとかを入れているような、ロックの人がやっている映像作品の音楽みたいなものはすごく好きです。曲調というよりは、トーンや音色かもしれないですけど。

来阪した坂東祐大。7月31日オープンの「KITTE大阪」のテーマソングも担当している

──なるほど。トレント・レズナーやジョニー・グリーンウッドに通じるトーンというのは、よくわかります。ロックと言っても、全体的にオルタナ的な尖った音が特徴的ですし。

それをジャンプ作品でやったら面白いだろうなと思いました。エキセントリックなギターとか普段はそんなに使えないけど、「怪獣だから攻めれる!」みたいな。なので、岡田拓郎さんとかにすごく変なギターばかり演奏してもらって(笑)。クリームの泡立て器を使って演奏してもらったりもしたし、なかなか普通は地上波では流せない音を意識的に入れようとしていました。

──確かに。アニメのサントラ盤とかではなかったら収録を見送られそうな、かなりアヴァンギャルドな曲も紛れ込んでいますよね(笑)。

だから、サントラの皮を被った結構アヴァンギャルドな作品なんですよね(笑)。でも、それがやりたかったことですね。

坂東祐大によるアニメ『怪獣8号』のオリジナル・サウンドトラック

■ ゴジラ音楽へのリスペクト、「低音とビート」がテーマ

──坂東さんが作る音楽は、『大豆田~』の時も現代ジャズやタンゴなどの要素の取り入れ方が素晴らしくて、最初は現代音楽の方だとは気付かずに聴いて惹かれていたんですが、今回の『怪獣8号』もロックやダンス・ミュージックの消化の仕方に違和感がないんですよね。

やっぱり伊福部さんの音楽をどこかしらで意識しなければいけない瞬間があって。でも、単純にゴジラのテーマをなぞっても仕方がないので、何なのかなーと考えてみると「低音とビート」だなと思ったんです。ビートがちゃんとカッコいいもので、低音がちゃんと鳴っていることが一番大事だということを最初に決めて、そこから考えていった感じですね。ロックだけじゃなく、ビート・ミュージックの人達とも一緒にやってみたのも、その方針があったからです。

──伊福部さんが作ったゴジラの音楽へのリスペクトとして「低音とビート」というテーマが根底にあったと。

低音がちゃんとカッコよく作れるかは、今回とても大事だったですね。そのためにモニタースピーカーを買い替えたりもして。

──クラシック~現代音楽畑の人がビート・ミュージックを取り入れた作品って、正直やや取って付けたようになることが多いんですが、『怪獣8号』は低音の鳴りも容赦ないですね(笑)。

やっぱり、その筋の人が聴いてもちゃんと納得できるものにはしたかったですね。ただ表面だけみたいなものはやりたくなかったし、ビート・ミュージック色の強い曲ではRISA TANIGUCHIさんと一緒にやらせてもらったのも、そういうところですね。

──このアルバムを聴くと、本編アニメの全12話も音響設備の優れたクラブやライブ・スペースでの爆音上映会などで改めて楽しみたくなってしまいますね。

今回はエンジニアの佐藤宏明さんが、本編だけでもスピーカーだけで5種類、数種類のヘッドホン、iPhone、Mac Book、家のテレビなどのあらゆる端末で聴いて、なるべく誤差がないようにMAでのマスタリングしてくれているので、1話につき200時間くらいかかっているんですよ。

──そこまでやるともう「音響アニメ」ですね・・・。

ホントに「低音音響アニメ」です(笑)。それで言うと、特に第6話とかがオーディオ・ドラマ化していて、映像ナシで聴いてもオーディオ・ドラマとして成り立っているレベルだと思います。僕も普通に何回も皿洗いとかしながら映像を観ないで聴いたりしていました。

最後に少し補足しておくと、ダクソフォン奏者としてクレジットに名を連ねている内橋和久の演奏は、劇中に登場する「怪獣9号」の鳴き声などに使用されているとのこと。

ほかにも、チューバ奏者の橋本晋哉がマウスピースの部分にバリトン・サックス用のリードを付けて吹いた音を加工した音なども効果音として使われているとのことで、そこにもコントラバスの音を加工してゴジラの鳴き声を生み出した伊福部への現代的な手法でのリスペクトが感じられる。

また、音楽と効果の境目がないような作り方も、21年に公開された映画『DUNE 砂の惑星 PART-2』(音楽はハンス・ジマー)に代表されるような近年のSF映画における音楽の使い方のトレンドを踏まえたものとのことで、さまざまな観点から興味深いサントラ作品となっている。

『怪獣8号のテーマ』や劇中歌『Scream』など全64曲を収録した坂東祐大によるアニメ『怪獣8号』のオリジナル・サウンドトラックは6月26日発売。また6月29日の第12話「日比野カフカ」の放送でアニメ第1期の放送が終了したが、放送内にて「続編製作決定」が発表された。第1期は各種動画サービスで配信中。

第7話で流れた劇中歌「Warcry」(ゲストボーカル:岡崎体育)

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