暑さで「命を落としかねない」パリ五輪を前に選手らが訴え。過去には熱中症の影響で五輪出場の夢が散った日本人も

東京五輪陸上男子マラソンでゴール後、車いすで運ばれる服部勇馬選手=2021年、北海道札幌市[代表撮影]

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7月26日に開幕するパリ五輪を前に、スポーツ選手や研究者らが地球温暖化によって激甚化する猛暑の中で競技を行う危険性を訴えた。

イギリスの非営利団体「BASIS」らは、猛暑がスポーツに与える深刻な影響に警鐘を鳴らす「火の五輪」報告書を6月18日に発表。一部日本語訳版が7月3日に公表され、オンライン記者会見が行われた。

報告書には世界中のアスリートたちの危機意識が掲載され、気候変動が選手のパフォーマンスに多大な影響を与えるだけでなく、選手生命までをも脅かすような状況が迫っていることを伝えた。

「火の五輪」第2回報告書記者会見の様子

真夏の五輪、選手に迫る危険

2021年に開催した東京オリンピックでは、気温34°C超、湿度70%近くに達し「史上最も暑い」大会となった。

熱中症で試合を棄権し、車椅子で退場することになったテニス選手や熱けいれんを起こした陸上選手もおり、選手や関係者含め150人が熱中症の疑いがあったという報道もある。

東京五輪のテニス男子ダブルスで銅メダルを獲得したマーカス・ダニエル選手は「火の五輪」報告書の中で、「命を落としかねないようなリスク」を伴う気候環境で競技をしている、と不安をあらわにした。

「コート上で文字通り卵が焼けるような状況でプレーしなければならない。これはスポーツの本来の姿ではありません」(マーカス・ダニエル選手)

続くパリ五輪はどうなるのか。報告書によると、過去2003年夏にフランスを襲った猛烈な熱波では、1万4000人以上が亡くなった。気候変動がより深刻化する現在では、このように極端に暑い夏となる可能性は10倍以上高いという。

近年でも記録的な猛暑が相次ぎ、2022年にはフランス史上最も暑い夏となり、2023年夏には5000人が暑さによって死亡するなど、極端な暑さのリスクが高まっていると警鐘を鳴らしている。

東京オリンピック・パラリンピック会場の医療現場に携わった早稲田大学の細川由梨准教授は会見で、熱中症の中でも致死率や後遺症が残るリスクが高い熱射病の危険性や必要な対応などを説明した上で、以下のように指摘した。

「大会日程などを見直すだけでなく、ルールや慣例としてきたことを見直すなど、スポーツ業界をあげて考える必要があります。そうしなければ100年後同じスポーツはないという状況がきているのではないかと思います」

スポーツと暑熱リスクについて説明する早稲田大学の細川由梨准教授

選手が経験した「暑さ」

3日のオンライン会見には、競歩の鈴木雄介選手らも登壇した。鈴木選手が東京五輪出場権がかかったレースで体験した恐ろしい「暑さ」は、「火の五輪」報告書にも掲載されている。

2019年、鈴木選手はカタールの首都ドーハで開催された世界陸上男子50km競歩で優勝し、東京五輪代表に内定した。ドーハは高温多湿で日中はとても競技ができる気候ではなく、大会は深夜に開催された。それでも、「日本の真夏と同じ、あるいはそれ以上の暑さでした」と鈴木選手は振り返った。

「30〜40kmあたりで暑いはずなのに寒気を感じていました。ゴールはできたものの熱中症の症状が出ていました」

男子50キロ競歩。優勝し、日の丸を掲げる鈴木雄介選手(富士通)=2019年、カタール・ドーハ

鈴木選手は大会後も熱中症の後遺症が残り、東京五輪出場を辞退せざるをえなかったという。

パリ五輪について今からできる対策として、「すぐに水や塩分の入ったスポーツドリンクなどが手の届く場所に設置されていること、アナウンスなどで観戦者にこまめな水分補給を促すことなどが重要だと思っています」と話した。

スポーツ界が気候変動のためにできることは?

報告書では、選手たちから寄せられた提案を「5つの提案」として以下の通りにまとめた。

①猛暑を避けるための懸命な大会日程の設定
②より良い水分補給や冷却対策で選手や観客の安全を守る
③選手たちが気候変動について懸念の声を上げるのをサポートする
④大会主催者と選手が協力して気候変動の啓発活動をする
⑤スポーツ界における化石燃料企業のスポンサーシップを見直す

元陸上選手の為末大さんは会見で、日本スポーツ協会が熱中症予防のために定めた暑さ指数の基準を下回る状況を作るのが難しくなっているとして、「地域と季節を考え直すべきじゃないかなと思っています。夏季から冬季に移しても構わない競技もあるのではないか」と指摘した。

元陸上選手の為末大さん

また、オリンピックの競技に限らず、スポーツでは山や海などの自然にダイレクトに身体で触れる機会も多い。そのため、気候変動を身をもって体験することも多いとし、為末さんは「アスリートは(危機が迫っていることをいち早く知らせる)『炭鉱のカナリア』のようなところがあるんじゃないか」と話した。

「選手が自分で実感して、かつ情報として納得しているものを訴えた時、その言葉は強く響くと思います。ワンアスリートワンイシューで、一人のアスリートが一つのテーマにコミットしていくことが望ましいのではないかと考えています」

報告書では、化石燃料企業とのスポンサーシップの見直しという、一歩踏み込んだ提案も盛り込まれた。為末さんは、「全体の枠組み自体がスポーツだけを中心にするところから、あるべき社会をスポーツと一緒に作っていくという方に舵を切るべきではないでしょうか」と述べた。

気候変動に詳しい東京大学の江守正多教授は、カーボンニュートラルな大会を目指すパリ五輪の選手村にエアコンが設置されず、建物の高い断熱性と床下のパイプに冷たい地下水を流す「床冷房」が用意されていることに触れ、以下のようにコメントした。

「気候変動対策をやるべきだということは一致しても、どうやるかについてはいろんな選択肢があります。例えば日本ではメガソーラーの乱開発が問題となっていますが、乱開発がよくないのであって、再生可能エネルギー自体が悪いわけではありません。どうみんなが納得できるように再生可能エネルギーを増やしていくか、という議論にならなくてはいけないと思います。一つの対策の評判が悪かった時、気候変動対策自体を嫌いにならないでほしいです」

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