安定のイメージが強い公務員。なかでも国家公務員は、年金額や退職金額も高いケースも多く老後も問題なさそうにみえます。しかし、いくら老後資金があっても、いざというときの事前対策を怠っていると、家族に迷惑をかけることも。特筆すべきは、生涯医療費の約半分が70歳以降にかかること。日本は公的医療制度が整っているからと慢心している人は要注意……。本記事ではAさんの事例とともに、老後資金の落とし穴について、合同会社エミタメの代表を務めるFPの三原由紀氏が解説します。
72歳の元国家公務員、妻亡きあとにハマったこと
元国家公務員のAさんは現在72歳、3年前に妻に先立たれ、現在は湾岸にあるタワマンで悠々自適に1人暮らしをしています。
子供は42歳になる息子が1人いますが、お嫁さんの実家に近い北海道で暮らしています。コロナ禍で帰省してくる回数も減り、妻の3回忌の法要でしばらくぶりに顔をあわせたのが昨年秋のことです。
疎遠とまではいわないもののあっさりした父子関係といえるでしょう。これが娘だったら、あるいは、妻が存命だったら、もう少し交流があったかもしれないな、と想像してみたこともありますが……いずれにしても経済的に自立して家族を養っている息子のことを想うと十分に親孝行してくれているじゃないか、と自分を納得させるしかないAさんでした。
Aさんの節約生活
そんなAさんですが、親しい知人たちのあいだで倹約家として知られています。図書館のヘビーユーザーであることはいわずもがな、定価販売で値段が高いコンビニには行かないようにしています。
そんなAさんが唯一お金をかけているのは住まいです。地方出身であった妻が自分の家の窓から都会的できらびやかな夜景のみえるタワマンに住みたいという願いを叶え、購入したものです。妻との思い出が詰まったタワマン。維持費がかかるものの、築古となって購入時より価値は下がりましたが売却できても売りたくないと思っています。
最近Aさんが少しお金をかけるようになったことがもうひとつあります。それは、会員制スポーツジム通いです。
独りになって自宅に引きこもりがちではないかと心配した息子の嫁が近所のスポーツジムの入会キャンペーンを調べてメールで教えてくれたのがきっかけでした。ジムといえば公共体育館のトレーニング室止まりのAさんでしたが、体験入会をしてみたところ、思いのほか気に入ってしまい、いまでは日課となっています。「ジャグジーがあるから、昨今のインフレ対策として水道光熱費の節約になるし、気持ちはいいし、一石二鳥だよ」とご満悦です。
トレーニング中に病院へ緊急搬送
ところがある日のこと、いつもどおりランニングマシーンで汗を流していたところ、「あれ、なんかおかしいぞ」と明らかに身体に変調をきたしたAさん。その様子に気づいたトレーナーが駆けつけ救急車を呼ぶ騒動になってしまいました。
ジムのスタッフの迅速な対応により、一命をとりとめたAさん。脳梗塞のため2週間の入院措置となりました。
片麻痺などの症状が見られるものの、医師からはリハビリを続ければ改善の見込みあり、と回復期リハビリテーション病棟への転院を助言されたのです。とりあえず希望しておいた病棟で個室の空きが出たこと、また、息子夫婦から「早く集中的なリハビリを実施したほうがいい」と強く進言されたこともあり、転院を決めました。
転院先のリハビリ病棟で1ヵ月の医療費「40万円超え」
1ヵ月後に請求された入院費に驚愕。なんと、入院費が40万円を超えているではありませんか。公的保険でカバーされる部分は3万円ほど、そのほかは保険がきかない個室料と毎日かかるアメニティ代やオムツ代で37万円ほどかかっています。
なお、回復期リハビリテーション病棟とは、特定の疾患に対して集中的なリハビリテーションを行い、スムーズな在宅復帰を目指す病棟と言われています。入院できる期間は疾病によって60日から180日以内と決められていて、Aさんのような脳血管疾患は150日以内になります。
いつになったら退院許可がおりるのか、入院1ヵ月目では見当もつきませんが、最大150日(5ヵ月)とすると200万円超えになってしまいます。退院後は自宅で暮らす予定ですから、自宅内に手すりを設置したりなど改修費用もかかります。
「やばい、お金が足りない。このままでは現金がショートする……」と頭を抱えたのはAさんの息子です。というのも、諸々の事務手続きなどのために休暇をとり、実家でAさんの銀行通帳を確認していたからです。
Aさんは元国家公務員。月額20万円超えの公的年金を受け取り、住宅ローンなどの負債はゼロ、退職金2,500万円で悠々自適の老後を送っているはずなのに、いったいなにが起こったのでしょうか?
いざというときの現金確保に備えておく
実は、Aさんの趣味は株式投資でした。優待や配当狙いで、銀行に預金していたら損だと公言していたとおり、銀行口座の残高は100万円を切っていました。いざとなったら売却すればいい、と思っていたようですが、軽度であるものの言語障害が出ているため証券会社へ発注の電話をかけるのもいまのところ厳しい状態です。
昨今、定期預金の金利は上昇しつつありますが、物価の上昇には残念ながら追いついていません。資産運用をするのは賢明な判断ではありますが、Aさんはどうすればよかったのでしょうか?
生涯医療費の約半分が70歳以降にかかる
まずは医療費の確保を想定しておくべきでした。預金で備えておけば万全ですが、株式などの資産でも対策を行なっておけば今回のような事態は防げたでしょう。たとえば、店舗のある証券会社では「代理人登録」といった手続きを行っておくことで、息子が代理人として取引の窓口になることは可能です。いざというときに現金化できたはずです。
厚生労働省が算出している令和2年度の「生涯医療費」では、一生涯にかかる医療費の50%超が70歳以降に集中していることが明らかになっています。さらに、医療費には保険がきくものときかないものがあります。
特に、今回のAさんのケースでは保険がきかない個室料の負担が大きくなってしまいました。幸いなことに、2人部屋に空きが出たら移れるよう手配できた、とのことですが、何事も備えあれば憂いなしです。
三原 由紀
合同会社エミタメ
代表