小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=4

色の白い男が「仁平嵩」(にへいたかし)と名乗った。
キリッとした細面の小男は「加藤順之助です」と言った。
横柄な感じもする大男が「大野基尚」。優しい感じの「嶺昌」(みねまさる)。
小兵だがガッチリした男は「平野運平」と言って頑を下げた。
「鈴木くん、電報でも知らせたが途中の旅費がかさんで、現在の我々は大日本帝国外交官としての体面を維持できぬ状態にある」
一番年長の大野が沈痛な表情で言った。
鈴木貞次郎は、ブラジル視察に来た移民会社の水野竜に伴われて、二年前にこの国に来た。なんとなくチリに行って一稼ぎしようと思って乗った船に水野も乗っていて、移民労働者のサンプルとして目をつけられたのである。
開拓の先駆者になれと励まされて、自分もその気になって気負ってたった一人でコーヒー園労働に飛び込んだのだが、言葉も判らぬ酷暑の地でこの二年間辛酸をなめた。
久し振りに同国人に逢う感激とは別に、鈴木の心にムラムラと先輩意識が起ってきた。年も自分の方が少し上らしい。
第一、この五人の男はすごく滑稽だった。移民会社の社長に何とおだてられて連れ出されたのか知らないが、木賃宿でお揃いの山高帽なんかかぶって、日本を背負って立っているような様子をしている。
「外交官ねぇ……」
冷淡に言って、鈴木はジロッと大野を見た。大野は背が高いが、鈴木も大男の方である。
「ウム」
大野は真面目な顔で頷いて金縁のメガネを光らせながら、
「そうなんだ。これからの歓迎行事がどんなものか君に聞かなくてはならないが、我々としては」
「心配しなくていい」
アホらしくなって、彼は途中で大野を制した。
二年近い労働で彼はコーヒー園がどんなものか知っていた。ドレイ制が廃止されたので、外国移民をドレイの代りにコーヒー園労働者として入れているにすぎない。
園主の下に数人の支配人がいて、その下に十数人の監督がいる。通訳の仕事は監督の命令を外国人労働者に伝えるだけのことだ。そんな人間が四、五人来たからといって、一々歓迎行事をするはど物好きな人間はこの国にはいない。第一、通訳風情が外交官気取りで山高帽などかぶってコーヒー園に乗り込んでいったら、腰に山刀とピストルをぶち込んでいる荒くれ男の監督たちの嘲笑のまとになって、つまみ出されてしまうのがオチだろう。

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