『葬送のフリーレン』の世界の女神信仰は、中世キリスト教にどのくらい似ているのか

By 仲田公輔

中世ヨーロッパ風の剣と魔法のRPG世界を舞台に、魔王討伐の旅のあとを描いた人気漫画作品『葬送のフリーレン』(原作:山田鐘人、作画:アベツカサ)。その豊かな世界観を、西洋史を専門とする研究者が歴史の視点でひも解く!

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仲田 公輔 岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

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RPG世界でも大きな役割を果たす「教会」

西洋中世といえばキリスト教の教会というイメージを持つ人もいるかもしれない。そしてそれはたいてい、ネガティヴなイメージを伴っている。

しかし、ここで詳しく立ち入ることはしないが、宗教的頑迷が社会の発展を遅らせたという西洋中世イメージは、近世以降のプロパガンダによって作り上げられた部分が大きいということには留意されたい。

さて、西洋中世風世界観でも教会や聖職者が大きな役割を果たすことがよくある。和製RPGにおける教会といえば、回復場所というイメージがあるかもしれない。『ドラゴンクエスト』でも戦闘不能状態や毒などの状態異常を治療してくれる場所としてプレイヤーに重宝される存在だった。

『フリーレン』の世界でもこれは踏襲されているようで、第27話では毒状態に陥ったシュタルクが教会で手当を受けていた。呪いの解除など、教会が得意とする魔法もあるようだ。

『フリーレン』世界の架空の宗教と中世のキリスト教

第29話で語られているように、『フリーレン』世界の教会は天地を創造した「女神」を信仰する架空の宗教の組織である。そのシンボルは十字架ではなく、女神の翼をあしらったものである。

しかし、 中世のキリスト教を意識しているように見える部分は多々ある。建造物などは明らかにキリスト教の教会を意識している。少なくとも作画の参考にはしているのだろう。例えば、第114話の教会などは、明らかに尖頭アーチを備えたゴシック建築を意識しているようにも見える。なお、第1話のヒンメルの葬儀のシーンでは教会と思しき建物に十字架がある。

第114話より。町の中心にある大きな聖堂(『葬送のフリーレン』(小学館)第12巻,p. 105より引用)
ゴシック様式のケルン大聖堂(1248~1880年建設)(写真:dronepicr / CC BY 2.0 / via Wikimedia Commons)
ヒンメルの葬儀のシーン。屋根の上に十字架のような物が見える(『葬送のフリーレン』(小学館)第1巻,p. 30より引用)

第31話で最初に語られたように、教会は聖典に拠って立っており、その聖典は原理のわからない特殊な魔法を身につけるためにも必要とされている。第116話ではさらにその設定についての情報が語られ、聖典は暗号のようなもので、それを解読して魔法を得るために僧侶たちは研究に勤しんでいるということが明らかとなった。

教会によって使われる魔法は、聖典からすでに明らかなものになっている箇所から読み取られたものということだ。ラテン語の書物を研究していた中世の聖職者たちに通じる部分もあるのだろうか。

僧侶=聖職者が戦ってもいいのか?

教会に奉仕する人々は、『フリーレン』世界では「僧侶」と呼ばれているようだ。かつてフリーレンと同じパーティーに属して魔王討伐で活躍し、今や「司教」となったハイターや、第27話以降一時的にパーティーに加わるザインたちがその代表である。

しかし、「僧侶」といっても狭義の( =修道士)というわけではなく、「」程度の意味だろう。先出の『ダンジョンズ&ドラゴンズ』でも、ロールの一つである「」の訳として僧侶が用いられており、これは『ドラゴンクエスト』でも踏襲されている。

中世風ファンタジーでモンクといった場合、通常は戦士や魔法使いや僧侶と並ぶロールの一つ、肉弾で戦うを指す。RPGにおける僧侶は、通常杖を持って魔法を使ったり、回復役を担ったりする。

そもそも聖職者が戦ってよいのかと思われるかもしれないが、西洋中世にも戦う聖職者はいた。キリスト教では原則的には武器を持って戦うことは教えに反していたが、信仰や教会を守るための戦いは是とされていた。異教徒との戦いである十字軍が、教会の支持のもとで行われたことはよく知られている。しかし、教会の敵が相手であれば、聖職者が同じキリスト教徒との戦いに従事することもあった。

とはいっても杖や魔法で戦うわけではない。特に西ヨーロッパのカトリック世界においては、世俗諸侯と同じように武装して戦う聖職者もいた。1066年、ノルマンディ公ギョーム(イングランド王ウィリアム1世)がイングランドを征服したノルマン・コンクエストを描いた有名なバイユーのタペストリには、騎兵として戦うギョームの異父弟であるバイユー司教オドの姿が描かれている。

「バイユーのタペストリ」における司教オド(出典:Odo bayeux tapestry / via Wikimedia Commons)

教会が改革を目指して様々な抵抗勢力とぶつかりあっていた11世紀後半には、自ら軍勢を率いたローマ教皇すら存在した。

他方でキリスト教を国教としたローマ帝国の直接の末裔であるビザンツ帝国の東方正教会においては、聖職者自身が武器を取る現象はあまり見られなかった。しかし、戦いに際しての神の加護を得るため、人々の祈りを主導することは見られた。

続き #5 『フリーレン』世界の教会 (2)

 

『葬送のフリーレン』編(全6回)内容

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毎回さまざまなフィクション作品(ゲーム、漫画、アニメ、ドラマ、映画等)を1本取り上げて、歴史の専門家の目線から、面白いところ、意外なところ、ツッコミどころ等を解説するシリーズです。

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