夜中に読むのは危険!? ラーメンが食べたくなる【柚木麻子さんの最新小説】第171回直木賞候補作

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第171回直木賞候補作『あいにくあんたのためじゃない』。著者の柚木麻子さんは、「寸胴鍋を買ってラーメン作りに4カ月。『嫌なヤツ』の心情が理解できました」と話します。果たしてその内容とは?

『あいにくあんたのためじゃない』
柚木麻子著

過去のブログ記事が炎上中のラーメン評論家、夢を語るだけで行動に移せないフリーター、コロナ禍の孤独な妊婦……。現代を生き抜く勇気が湧いてくる6つの物語。
新潮社 1760円

夜中に読むのは危険!? ラーメンが食べたくなる小説

女性同士の連帯や友情、葛藤を描かせたら、この人の右に出る者はいない。少女の成長を描く『本屋さんのダイアナ』しかり、明治生まれの教育者が主人公の大河小説『らんたん』しかり、年の離れた女性たちの友情物語『オール・ノット』しかり。

古きよき欧米文学の香りも漂い、読書のおともはバターたっぷりのお菓子とミルクティー……と思っていたら、何ということだ。本書の最初の4ページを読んだだけで、舌と胃が叫ぶ。私が今食べたいのはクッキーじゃない、ラーメンだ!

「ラーメンには魔力があるんです」

と、柚木麻子さんは大真面目に語る。第1話の「めんや 評論家おことわり」の主人公・佐橋ラー油は、悪質なSNS投稿が炎上し、落ち目になったラーメン評論家。起死回生のために、とあるラーメン店に謝罪するが、そこで待っていたのは彼に恨みをもつ6人の人物だった。

「佐橋は身勝手で嫌なヤツ。個人的にも苦手。でも今回は敵キャラの心情も丁寧に描こうと決めました」

きっかけは、コロナ禍だ。

「社会の分断がいわれる中、嫌なヤツを単に嫌なヤツと切り捨てちゃダメだと感じたんです。行動の裏にある気持ちを理解しようって」

佐橋を理解するために柚木さんは、実際にラーメンを作った。ネットで寸胴鍋を注文し、専門書片手に鶏がらや豚骨のスープをとった。麺は手打ち、チャーシューや煮卵も作る。4カ月後、ラーメンをママ友親子らにふるまうと、想像をはるかに超える大絶賛!

「手の込んだ和食や洋食より、ずっと喜ばれました。すごくうれしいし、万能感が湧き上がるんですよ。胸を張って腕組みして『俺の作ったスープ、一滴でも残すなよ!』みたいな気持ちになるんです(笑)」

まさに、ザ・男の世界。

「ラーメン業界って、客も店主も圧倒的に男性優位です。そんなラーメン界で認められた男性(佐橋)が、その地位に固執して排他的になる気持ちが理解できました」

だからといって佐橋に甘い展開が待っているわけではない。が、読後感は温かい。嫌なヤツの中にある弱さに気づくことは、私たち自身のまわりにいる佐橋的な男性と渡り合うヒントになるかもしれない。

誰の役にも立たない店が存在することの安心感

本書にはいろいろな「嫌なヤツ」が登場するが、一方で、嫌なヤツに向き合う女性たちを見守り、支える人も描かれる。第5話「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」はそんな物語だ。ちなみに「マダムショップ」とは、商店街やホテルの地下などに1軒は必ずある、謎の婦人雑貨店のこと。

「誰が買うの?っていうような、キラキラしたバッグやチャームがずーっとおいてあって、値段がけっこう高い。売れているとも思えないし、客も入っていないのに、なぜか潰れないんですよね」

疑問を疑問のままにしないのが柚木さんだ。情報をもっているのは商店街のすし屋だと考え、マダムショップがあるいくつかの商店街のすし屋に通い、店主と顔見知りになって情報を聞き出した。

「その結果、ほぼすべての店がその地域の土地をたくさん所有している方の親族が経営しているとわかりました。単なる税金対策(笑)。売れなくていいんですよね」

でも、それで終わらせないのが作家魂。「あの店にひそかな任務があるとすれば、いったい何?」「もしあの店で誰かが何かを買ったら、どうなる?」。そんな妄想を膨らませ、物語を生み出した。

「コロナ禍が明けて渋谷の街に久々に行ったとき、街が近未来の都市みたいになっていて驚きました。一方で、昔からある喫茶店も残っていた。しかも、レトロというより単に古いだけで、やる気もないしコーヒーもまずい。そんな『マダムショップ的な店』が残っていることが、私はうれしかったんです。欲しいものばかりのキラキラした空間って、逆に息苦しいなぁって」

そんなふうに、世の中や人へのまなざしが変わってきたことを実感していると柚木さんは言う。42歳という年齢のせいかもしれない。

「40代って、上下30歳差の人と話せるんですよ。話題? 困らないですよ。芸能人やドラマとかの話をすると『え? 昔はそうだったの?』ってめっちゃ盛り上がります。先日、母(ゆうゆう世代)に『ジュリーが田中裕子さんと再婚したとき、いかにショックだったか』を聞かされて、目からウロコでした。私は若い世代に『13歳の頃の今井絵理子議員』について語って、驚かれています(笑)」

鋭い観察眼とコミュニケーション力から生まれた痛快な短編集だ。

写真提供/新潮社

PROFILE
柚木麻子

ゆずき・あさこ●1981年東京生まれ。
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、同作を含む『終点のあの子』で小説家デビュー。2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。
近著に『らんたん』『オール・ノット』など。

※この記事は「ゆうゆう」2024年8月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

取材・文/神 素子


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