奥飛騨温泉郷に星野リゾートの衝撃…果たして温泉郷全体が潤うのかどうか【インバウンドに翻奔される地方都市の今】

「界」の看板が取り付けられた(提供)姫田小夏

【インバウンドに翻奔される地方都市の今】#3

岐阜県高山市の観光をめぐって地元の人々の間で熱い視線が注がれているのが、星野リゾートの温泉旅館「界」の進出だ。

「星野リゾートの温泉旅館が来るんやと!」--筆者が接した複数の高山市民は異口同音にこの進出を話題にしていた。進出先は、高山市東部に位置する「奥飛騨温泉郷」の玄関口、平湯温泉だ。筆者がここを訪れた6月中旬は、星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランド「界」の看板が取り付けられている最中だった。開業予定は今年9月だという。

コロナ禍の2020年10月に組成した、星野リゾートと株式会社リサ・パートナーズ(本社・東京都)の投資ファンドが平湯の宿泊施設を取得した。「飛騨春慶」の漆塗り技術を用いたウォールアートや、地元家具メーカー「飛騨産業」が手掛けた椅子など、ホテル内には“地元産”がふんだんに取り入れられるそうだ。

同社広報は「インバウンドを意識したサービスやプロモーションは特に行う予定はない」というが、圏内の宿泊施設わずか20軒の平湯に“星野のインパクト”は小さいものではない。

観光案内所の印刷物によると、平湯の宿泊施設は20軒ほどだ。昭和初期に温泉地投資ブームが起こり、初期の分譲だけで126区画があったとする史料は、戦前からの繁栄ぶりを伝える。平湯温泉を含む奥飛騨温泉郷はその後、高度経済成長期の社員旅行、秘湯ブーム、さらには演歌「奥飛騨慕情」の大ヒット(1981年オリコンCDシングル年間売り上げランキング2位)で全国的な知名度を上げ、平成初期まで人気温泉地として宿泊客が年々増加した。

しかし、やがて宿泊客は減少。97(平成9)年に悲願の安房トンネルが開通したものの、観光効果は持続しなかった。2000年代になり「インバウンド」という国策がぶち上げられたが、地元の人々は「ブーム」に慎重だった。

さて、「界」の開業については「星野が来れば平湯温泉の知名度が再び上がるのではないか」と前向きな声が多い。「界 奥飛騨」の宿泊料金(予定)は1泊1人(2人1室時、朝夕食付き)で3万円超であることからもハイエンドな客層を呼び込みそうだ。平湯には“昭和のお宿”が多く、従来は50~60代が主要な支持層だったが、「界」の開業によって、平湯温泉を知らなかった若い世代もこの地に興味を持つ可能性もある。

高山市の観光事業者とは、顔を合わせればこの話題になった。その中に「星野さんの客は星野さんの客だからね」という声があった。

確かに、星野ファンが目当てにするのは平湯という土地ではなく“星野の宿”だ。本来なら、「平湯の宿が満室なら新穂高へ行こう」などと、奥飛騨温泉郷内での利用客の分散も可能にしたが、星野というネームバリューが相手だとそうはいかない。

「界」の新規開業によって平湯温泉の知名度は上がるに違いない。だが果たして温泉街全体が潤うのかどうか。星野リゾートの独り勝ちで、平湯温泉のバリューが負けてしまわなければいいが。(つづく)

(姫田小夏/ジャーナリスト)

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