戦時下の日常を生きる女性を描いたアニメ映画「この世界の片隅に」(2016年)の主人公、すずさんのような人たちを探し、つなげていく「#あちこちのすずさん」キャンペーン。読者から寄せられた戦争体験のエピソードを、ことしも紹介していきます。
(女性・84歳)
1945年7月30日の朝、鹿児島県で国民学校の2年生だった私は、登校日だったのに寝坊。走って学校に向かう途中で「空襲警報だから帰れ」と言われ、慌てて家に戻りました。
玄関に入った途端、大音響がして、布団をかぶせられました。
後になって、その時、早くに登校して学校にいた友7人が焼夷(しょうい)弾に当たり亡くなったことを知りました。音が収まってから家族で山へ逃げる時、学校方面を見ると、空は真っ赤でした。三日三晩山に隠れて、帰ってみると自宅は辛うじて残っていましたが、隣の家まで焼けていました。
8月15日に大人が「日本は負けた」と言いました。アメリカが攻めてきて何をされるか分からないと、皆、恐怖におののいていました。
76年前のことを思うと今生きているのは奇跡的で、有り難いことです。孫たちには「その時、おばあちゃんが死んでいたら、私たちはいないんだよね」と言われます。
その学校は数年前に閉校となり、廃校式に出席しました。今でも校庭には戦没学童慰霊碑があります。